映画『マイ・インターン』に学ぶ|70歳インターンと急成長スタートアップの経営課題
「経験は、決して時代遅れにならない(Experience never gets old)」——。2015年公開の映画『マイ・インターン』(The Intern)のキャッチコピーです。妻に先立たれた70歳の元会社役員ベン・ウィテカー(ロバート・デ・ニーロ)が、創業1年半で社員220人にまで急成長したファッションEC企業に「シニアインターン」として入社する——。一見ハートフルなコメディですが、この作品には急成長スタートアップが直面する経営課題と、シニア人材・経験者をどう活かすかという、中小企業経営者にとって生々しいテーマが詰まっています。本稿では経営者の視点から、この映画を読み解きます。
1. あらすじ——70歳のインターンが、急成長企業にやってくる
主人公のベン・ウィテカーは、電話帳印刷会社の副社長を務め上げて引退した70歳。妻に先立たれ、退職後の悠々自適な暮らしにも、すっかり退屈していました。世界中を旅し、太極拳を習い、毎朝同じカフェに通っても、心の穴は埋まりません。
そんなある日、彼が目にしたのが、ブルックリンのファッションEC企業「About the Fit(アバウト・ザ・フィット)」が募集する「シニアインターン制度」のチラシでした。65歳以上を対象にした地域貢献プログラムです。ベンは手書きではなく動画で応募し、見事採用されます。
About the Fit は、創業からわずか1年半で社員220人にまで急拡大したスタートアップ。創業者でCEOのジュールズ・オスティン(アン・ハサウェイ)は、自宅のキッチンから事業を立ち上げ、顧客への徹底したこだわりで会社を成長させた30代の女性経営者です。仕事に全力を注ぐあまり、社内を自転車で移動し、睡眠時間も削る毎日を送っています。
ベンが配属されたのは、そのジュールズの直属。しかし当初、ジュールズは「年配の男性が自分の下で働くこと」に戸惑い、ベンをほとんど無視します。それでもベンは、早朝出社、きちんとしたスーツ姿、散らかった共用デスクを黙々と片づける気配りで、少しずつ社内の信頼を勝ち取っていきます。
2. 急成長スタートアップが抱える経営課題
この映画が中小企業経営者にとって示唆深いのは、About the Fit が「急成長したがゆえに直面する課題」をリアルに描いている点です。
創業1年半で社員220人。売上は伸び続け、外からは大成功に見えます。しかし内側では、ジュールズ1人に意思決定が集中し、商品の梱包の仕方からカスタマーサポートの電話対応まで、すべてを彼女が見ようとしてパンク寸前。社内には経営の経験豊富な右腕がおらず、組織として「次のステージ」へ移行する仕組みが追いついていません。
そして物語の中盤、最大の経営課題が突きつけられます。出資した投資家たちが、ジュールズに「外部から経験豊富なCEOを招き入れる」よう強く求めるのです。急拡大に経営体制が追いつかないリスクを、投資家が懸念したわけです。創業者が会社の成長のために、自ら経営トップの座を外部のプロ経営者に譲るべきか——スタートアップではしばしば現実に起きる、重い問いです。
急成長期の企業が直面しがちな課題
- 意思決定の集中 — 創業者がすべてを抱え、ボトルネックになる
- 経営人材の不足 — 事業は伸びても、経営を支える経験者が社内にいない
- 仕組み化の遅れ — 人数の急増に、業務プロセスや組織体制が追いつかない
- 創業者と外部資本の緊張 — 成長スピードを求める投資家と、現場を握る創業者の思惑のズレ
規模の大小こそ違え、これは多くの中小企業が成長過程で通る道でもあります。「自分がいないと現場が回らない」状態のまま事業を拡大させてよいのか——経営者なら、ジュールズの苦悩に身につまされる部分があるはずです。
(出典: SmartDrive Blog「映画『マイ・インターン』から学べる、スタートアップで大切なこと」、シネマトゥデイ「マイ・インターン」作品情報)
3. シニア人材の価値——「経験は時代遅れにならない」
当初は「お荷物」と見られていたベンですが、物語が進むにつれ、彼の40年以上のビジネス経験が会社にとって計り知れない価値を持つことが明らかになります。
ベンが提供したのは、最新のITスキルではありません。彼が持ち込んだのは、落ち着き、傾聴する姿勢、人を立てる気配り、そして判断に迷ったときに相談できる「大人の存在」でした。若い同僚には恋愛の相談に乗り、混乱する現場では黙ってフォローに回る。何より、孤独な決断を迫られるジュールズにとって、利害関係のない誠実な相談相手になっていきます。
物語のクライマックス、ジュールズは家庭との両立のために外部CEO招聘を受け入れようと傾きます。しかしベンは、彼女が一から築き上げた会社を簡単に手放すべきではないと、真摯に背中を押します。最終的にジュールズは投資家の圧力に屈せず、自らCEOであり続ける道を選びます。ベンの経験と人柄が、彼女の決断を支えたのです。
「ミュージシャンに引退はない。音楽が消えたときにやめるだけだ。私にはまだ音楽が残っている」
— ベン・ウィテカー(劇中の台詞より)
この映画が描くのは、シニア人材を「コスト」や「お情けの雇用」として見るのではなく、若い組織に欠けている経験・安定感・人間力を補う戦力として捉える視点です。少子高齢化で人手不足が深刻化する日本の中小企業にとって、これは決して絵空事ではありません。
4. 組織の成熟——ワークライフバランスと多様な人材
『マイ・インターン』のもう一つのテーマは、組織の「成熟」です。立ち上げ期の勢いだけでは、会社は長く続きません。
ジュールズは仕事に全力を注ぐ一方で、家庭との両立に苦しみます。主夫として家庭を支える夫との関係、幼い娘との時間——仕事と私生活のバランスが大きく揺らぎます。映画は、経営者個人のワークライフバランスが、そのまま会社の持続可能性に直結することを描き出します。経営者が燃え尽きてしまえば、会社も止まってしまうからです。
また、若手中心のオフィスに70歳のベンが加わったことで、社内には世代を超えた対話が生まれます。年齢、性別、経歴の異なる人材が一つの組織で噛み合うとき、会社は単なる「勢いのある集団」から、多様性を抱えた成熟した組織へと変わっていく。ベンというシニア人材の存在は、その触媒でもありました。
急成長の中で「人を増やす」だけでなく、どんな人を、どう組み合わせるか。そして経営者自身が無理なく走り続けられる体制をどう作るか。この映画は、規模を追う前に向き合うべき問いを、静かに投げかけています。
(出典: えいがMASTER「映画『マイインターン』あらすじ:起承転結」、SmartDrive Blog「映画『マイ・インターン』から学べる、スタートアップで大切なこと」)
5. 中小企業経営者が学べること
『マイ・インターン』は、ファンタジーのようでいて、中小企業経営に通じる教訓に満ちています。とくに人材の活かし方と成長期のマネジメントについて、次のような気づきが得られます。
- シニア人材・経験者を「戦力」として捉える — ベンの価値は最新スキルではなく、長年の経験から来る判断力と人間力でした。定年後の人材は、若い組織に欠けた安定感と知見をもたらします
- 急成長期こそ「経営を支える存在」が要る — 事業が伸びても、経営者1人に意思決定が集中すればボトルネックになります。相談相手・右腕となる経験者の存在が、成長を持続させます
- 多様な人材の組み合わせが組織を成熟させる — 年齢・性別・経歴の異なる人材が噛み合うとき、組織は「勢いだけの集団」から脱します。多様性は理念ではなく、実利のある経営判断です
- メンター制度・OJTの価値 — ベンは若手の相談役として自然にメンターの役割を果たしました。経験者を新人育成に配置することは、採用コスト以上の効果を生みます
- 経営者自身のワークライフバランスも経営課題 — トップが燃え尽きれば会社も止まります。創業者が無理なく走り続ける体制づくりは、事業継続のための投資です
そして見逃せないのが、日本では高齢者雇用や人材確保を後押しする助成金が整備されているという点です。ベンのようなシニア人材を迎え入れたい、経験者を長く活かしたい——そう考える経営者を、国も支援しています。
特定求職者雇用開発助成金
高年齢者など就職が特に困難な人をハローワーク等の紹介で継続雇用した事業主に助成されます。中小企業の場合、対象者1人あたり最大60万円(6か月ごとに分割支給)。2026年5月からは、ハローワーク等で個別支援を受ける60歳以上の高年齢者も対象に加わりました。
(出典: 厚生労働省「特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)」)
65歳超雇用推進助成金(高年齢者無期雇用転換コース)
50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用に転換した事業主に、中小企業の場合、対象者1人あたり30万円(1年度1事業所あたり10人まで)が支給されます。2026年度はこの助成金が大幅に拡充されました。
(出典: 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)「65歳超雇用推進助成金(高年齢者無期雇用転換コース)」)
人材開発支援助成金
従業員に職務に関連した専門知識・技能を習得させる訓練を実施した事業主に、訓練経費や訓練中の賃金の一部が助成されます。新たに迎えた人材の育成や、メンター制度に伴う研修にも活用しやすい制度です。
(出典: 厚生労働省「人材開発支援助成金」)
まとめ
『マイ・インターン』は、70歳のシニアインターンと若き女性CEOの交流を通じて、急成長スタートアップの経営課題とシニア人材・経験者の価値を描いた作品です。意思決定の集中、経営人材の不足、外部資本との緊張——ジュールズが直面する悩みは、規模こそ違え多くの中小企業に共通します。
この映画が教えてくれるのは、人を増やすだけでなく、誰を、どう組み合わせ、どう活かすかが会社の成熟を決めるということです。ベンの「経験は時代遅れにならない」という存在感は、人手不足に悩む日本の中小企業にこそ響くメッセージでしょう。
シニア人材の採用や経験者の長期雇用、人材育成には、国の助成金が活用できます。あなたの会社の「ベン」を迎え入れる第一歩として、使える制度を調べてみてはいかがでしょうか。
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