本文へ移動

公開 · 更新

ビジネス映画 経営戦略

映画『BlackBerry』に学ぶ|スマホの先駆者はなぜ敗れたか——イノベーションのジレンマ

映画『BlackBerry』に学ぶ|スマホの先駆者はなぜ敗れたか——イノベーションのジレンマ

かつて、北米の携帯電話市場の45%を握った端末がありました。ビジネスパーソンの親指は、その物理キーボードの上で踊り、米国ではあまりの中毒性から「クラックベリー(CrackBerry)」とまで呼ばれた——カナダの小さな会社、Research In Motion(RIM)が生んだBlackBerryです。しかし2007年のiPhone登場からわずか数年で、そのシェアは実質0%へと崩れ落ちました。2023年公開の映画『BlackBerry』は、この「世界初のスマートフォン」の興亡を、痛烈なユーモアとともに描き出します。先駆者はなぜ敗れたのか。その答えは、すべての経営者にとって他人事ではありません。

あらすじ——ガレージ発の会社が世界を獲るまで

映画『BlackBerry』(2023年、カナダ)は、マット・ジョンソンが監督・出演を兼ねた伝記コメディドラマです。原作はジャッキー・マクニッシュとショーン・シルコフによるノンフィクション『Losing the Signal(消えゆくシグナル)』。物語は1996年、カナダ・オンタリオ州ウォータールーから始まります。

エンジニアのマイク・ラザリディス(ジェイ・バルチェル演)と相棒ダグラス・フレギン(監督のジョンソン自身が演じる)は、「PocketLink」と名付けた携帯端末のアイデアを温めていました。技術には自信があるものの、経営はずさん。そこに現れるのが、ハーバード・ビジネス・スクール出身の野心的なビジネスマンジム・バルシリー(グレン・ハワートン演)です。

バルシリーは自宅を抵当に入れてまで資金を投じ、共同CEOとして経営に乗り込みます。技術のラザリディスと営業のバルシリー——この対照的な二人三脚で、RIMは急成長を遂げます。「PocketLink」はBlackBerryと改名され(小さなキーがベリーの果実の粒に似ていたことが由来)、メールをリアルタイムで受信できる端末として、世界中のビジネスパーソンを虜にしました。

史実でも、RIMはマイク・ラザリディスとダグ・フレギンが1984年にウォータールーで創業した会社です。当初は回路基板や表示装置を作っていましたが、ポケベルやモデムなどの通信技術へ軸足を移し、1999年に最初の「BlackBerry」端末を世に出しました。2008年には米国スマートフォン市場のほぼ半分を占め、株価は1株230ドルを超え、年間販売台数は5,000万台に達したのです。

(出典: Wikipedia「BlackBerry (film)」History vs. Hollywood「BlackBerry」

2007年——壇上のiPhoneと、見えなかった脅威

2007年1月、スティーブ・ジョブズが壇上で初代iPhoneを披露します。物理キーボードを持たない、画面全体がタッチパネルの端末。映画の中で、RIMの面々はこのニュースをどう受け止めたか——ここに、この物語の核心があります。

興味深いことに、史実ではラザリディス自身がいち早くiPhoneの脅威に気づいていました。原作『Losing the Signal』には「マイクがiPhoneをジム・バルシリーの注意に引き入れた」と記されています。技術者として、彼は新しい端末の意味を理解できる立場にいたのです。

それでも、RIMという会社全体はiPhoneを軽視しました。「タッチスクリーンはバッテリーを食いすぎる」「キーボードがなければ仕事の道具にならない」「ネットワークに負荷をかけすぎてキャリアが許さない」——既存のBlackBerryが優れている理由を並べ立てれば立てるほど、新しい時代の到来から目を背けることになりました。

さらに皮肉なのは、iPhone登場後もBlackBerryが2年ほど成長を続けたことです。当時のリーダーだったノキアからシェアを奪い、2009年には全スマートフォンOSの中で約20%のシェアを握りました。「iPhoneが出ても、我々はむしろ伸びている」——この一時的な好調が、危機感をさらに鈍らせたのです。

(出典: Klue「How Apple Beat BlackBerry」History vs. Hollywood「BlackBerry」

イノベーションのジレンマ——優良企業ほど陥る罠

BlackBerryの転落は、経営学者クレイトン・クリステンセンが提唱した「イノベーションのジレンマ」の教科書的な事例として語られます。優良企業ほど、既存顧客の声に真面目に耳を傾けるがゆえに、新しい破壊的技術への対応が遅れる——という逆説です。

RIMの最重要顧客は、セキュリティと安定した通信を求める企業ユーザーでした。彼らはBlackBerryの物理キーボードと堅牢なメールシステムを高く評価しており、収益の大半をもたらしていました。RIMがこの優良顧客を大切にすればするほど、AppleやGoogleが切り開きつつあった一般消費者向けの市場——アプリと美しいタッチUIで広がる新大陸——を取りこぼしていったのです。

そして焦ったRIMが2008年に投入したのが、初のタッチスクリーン端末「BlackBerry Storm」でした。しかしこれが、後に「スマートフォン史上最大の失敗作」とまで評される惨事になります。映画では、中国で製造されたStormが不具合だらけで戻ってきて、ラザリディスが故障した端末を1台ずつ手で直していく場面が、会社の致命的な踏み外しを象徴的に描いています。

RIMの世界シェアは、2009年の約20%から、2012年には5%未満へと急降下しました。スペック的にiPhoneと戦える本格的なタッチ端末をようやく出したのは2013年——あまりにも、遅すぎました。

(出典: MacRumors「BlackBerry Hits '0%' Market Share」Wikipedia「BlackBerry (film)」

成功体験への固執と、技術過信の罠

BlackBerryの敗北を一言でまとめれば、「昨日の勝因に縛られた」ということに尽きます。物理キーボードとプッシュメールは、RIMを世界一に押し上げた最大の武器でした。しかし、その成功体験が、市場が変わったあとも経営判断を縛り続けたのです。

RIMの主張は、技術的には正しい部分もありました。「タッチ入力は物理キーより遅い」「フルブラウザは通信網を圧迫する」——どれも当時のエンジニアの常識からすれば一理ある反論です。だからこそ厄介でした。正しい技術論が、変化を拒む言い訳に転化したのです。これが技術過信の罠です。

顧客が本当に欲しかったのは「速いメール入力」だけではなく、「1台で何でもできる楽しい端末」でした。地図、音楽、ゲーム、ブラウザ、無数のアプリ——iPhoneとAndroidは、電話を「コミュニケーション機器」から「ポケットの中のコンピューター」へと再定義しました。RIMはその土俵の変化に気づくのが遅れ、気づいたときには戦うルールそのものが変わっていたのです。

映画はこの過程を、誰か一人の悪人のせいにはしません。技術者は技術に誇りを持ち、経営者は数字を追い、誰もが合理的に振る舞った結果として、会社全体がゆっくりと崖から落ちていく——その静かな恐ろしさこそが、この作品が経営者に突きつけるものです。

(出典: Klue「How Apple Beat BlackBerry」Ticker History「The Rise and Fall of BlackBerry」

中小企業経営者が学べること

BlackBerryの興亡は、グローバル大企業だけの物語ではありません。むしろ「ある分野で成功した会社」ほど陥りやすい罠であり、地域の優良企業や老舗にこそ刺さる教訓です。

  • 成功体験を捨てる勇気を持つ — RIMを縛ったのは失敗ではなく「成功」でした。今あなたの会社を支えている看板商品や得意技ほど、次の時代には足かせになりかねません。「これがあるから大丈夫」が一番危ない言葉です
  • 市場の変化を「自社の都合」で否定しない — 「うちの客は昔ながらのやり方を好む」「あんな新技術は流行りで終わる」——その判断が、顧客の本音ではなく自社の願望になっていないか。市場は静かに、しかし確実に動きます
  • 自己破壊的なイノベーションを恐れない — 自社の主力商品を、自社の新商品で食う覚悟があるか。誰かに食われる前に自分で食う方が、痛みははるかに小さい。Appleは自らiPodをiPhoneで葬りました
  • 技術論を変化拒否の言い訳にしない — 「技術的に正しい反論」ほど厄介です。正論は変化を止める道具になりえます。技術の正しさと、顧客が求める価値は、別物だと心得ましょう
  • 顧客が「本当に」欲しいものを見直す — RIMの顧客は「速い入力」ではなく「1台で完結する体験」を求めていました。あなたの顧客が口にする要望の、その奥にある本当のニーズを掘り下げているか

変化への対応は、規模の大小を問いません。むしろ小回りの利く中小企業にこそ、大企業が動けないうちに舵を切れる強みがあります。問われているのは、「変われるかどうか」ではなく「変わると決められるかどうか」です。

まとめ

映画『BlackBerry』が描くのは、世界初のスマートフォンで市場の頂点に立った会社が、わずか数年でシェア0%まで転落していく姿です。敗因は技術力の欠如ではなく、成功体験への固執と、市場変化の見誤りでした。優良企業ほど既存顧客に忠実ながゆえに次の波を逃す——イノベーションのジレンマは、今この瞬間もあらゆる業界で繰り返されています。

この物語が経営者に問いかけるのは、シンプルな一点です。あなたの会社の「物理キーボード」は何か。かつて勝利をもたらし、今も収益を支え、しかし次の時代にはあなたを縛るかもしれないもの——それを見極め、必要なら自ら手放す勇気があるか。

この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

あわせて読みたい

コラム ·

ChatGPTを全社導入しても「AI導入」は終わっていない――ツール配布とAIネイティブな組織の間にある段差

帝国データバンクの2026年3月調査では生成AIを活用する企業の86.7%が「効果あり」と答えましたが、用途の最多は文章の作成・要約でした。PwCの6カ国調査では日本の推進度は米国並みの87%なのに、期待を大きく上回る効果は9%(米国38%)。McKinseyやHBRのデータもあわせ、ChatGPTやClaudeの契約で「AI導入が進んだ」と感じてしまう理由と、業務・役割・確認の仕組みをAI前提で組み直す「AIネイティブな組織」への段差を整理し、電話窓口を例に最初の一歩を考えます。

コラム ·

中小企業のシステム導入、最多の失敗は「遅延」ではなく「後出しコスト」――3つの原因は発注側の“空席”に行き着く

btobeeが2026年7月に公表した中小企業経営者・役員300人の調査では、システム導入企業の53.2%が失敗やトラブルを経験し、最多は後出しコストによる予算超過(40.0%)、遅延は33.3%でした。JUASの規模別データや海外の大規模IT調査と比べながら、なぜ中小企業では「遅れる」より「膨らむ」のか、人材不足・目的の共有不足・PM不在という3つの原因に共通する欠落は何かを整理し、契約前に決めておくべきことをまとめます。

コラム ·

刃物を渡されたロボットは、危険な指示にどれだけ「ノー」と言えるか──最新ベンチマークが示した現実

独立評価団体Robocurveが2026年9月に公開したベンチマーク「RoboHarm」によれば、OpenAIのGPT-6 Astraは危険な指示100回中97回でロボットアームを動かし60回完遂、安全上の拒否はわずか2回でした。AnthropicのClaude Fable 5.1は刺傷タスクは全拒否した一方、他4タスクは一度も拒否せず34回完遂。生データまで遡って検証し、ロボット・AIエージェント導入時に経営者が確認すべき安全性のポイントを整理します。