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経営者向け ビジネス映画

映画『テトリス』に学ぶ|冷戦下の知財交渉、契約書1行が数十億ドルを動かした

映画『テトリス』に学ぶ|冷戦下の知財交渉、契約書1行が数十億ドルを動かした

世界で誰もが知る落ちものパズル「テトリス」。その裏側に、冷戦末期のソ連を舞台にした、命がけのライセンス交渉があったことをご存じでしょうか。Apple TV+で2023年に公開された映画『テトリス』(タロン・エガートン主演)は、オランダ系アメリカ人のゲームプロデューサーヘンク・ロジャースが、ソ連政府が握るテトリスの権利を求めてモスクワに乗り込む実話です。複数の企業が「自分こそ正当な権利者だ」と信じ込み、争いの中心にあったのは——たった1行の契約文言の解釈でした。この映画は、知的財産とライセンス契約がいかに事業の生死を分けるかを、スリリングに教えてくれます。

あらすじ——ゲームボーイに賭けた男のモスクワ潜入

舞台は1988年。日本でゲーム会社を営むヘンク・ロジャースは、ラスベガスの見本市でテトリスに出会い、一目でその中毒性に魅了されます。「これは世界を変えるゲームだ」と確信した彼は、自宅を担保に借金をしてまで権利の獲得に乗り出します。

ところが調べを進めるほど、権利関係は絡まった糸のようになっていました。テトリスはソ連の研究者アレクセイ・パジトノフが開発し、その権利はソ連政府の輸出機関ELORG(エロルグ/エレクトロノルグテクニカ)が握っている。にもかかわらず、欧米では複数の会社が「自社がライセンスを持つ」と主張し、PC版・アーケード版・家庭用ゲーム機版の権利が、又貸しに又貸しを重ねて誰のものか分からなくなっていたのです。

ロジャースが狙ったのは、任天堂が発売を控えていた携帯ゲーム機「ゲームボーイ」に同梱する携帯版(ハンドヘルド)の権利。しかし、その権利が誰のものかを確かめるには、当時まだ西側に閉ざされていたソ連の首都モスクワに、招かれてもいないのに飛び込むしかありませんでした。KGBの監視、盗聴、身の危険——映画はスパイ映画さながらの緊張感で、一人のビジネスマンの賭けを描きます。

(出典: The Daily Beast「Tetris: The Amazing True Story」、Sky HISTORY「The history of Tetris」)

又貸しの連鎖——「誰が権利を持つのか」が分からなくなる

テトリスは1984年6月、ソ連科学アカデミーの計算機センターに勤める技術者パジトノフが、業務の合間に開発したゲームでした。当時のソ連の法律では、国の機関で生まれた成果は国家の所有物。パジトノフ個人には、それを売る権利すらありませんでした。

最初に西側で目をつけたのは、ハンガリー系の実業家ロバート・スタイン。彼はテレックス(電信)でパジトノフに打診しますが、パジトノフの曖昧な返信を「許諾」と勝手に解釈してしまいます。正式な契約書はないまま、スタインはライセンスを欧州のミラーソフトと米国のスペクトラム・ホロバイト(いずれもロバート・マクスウェルのメディア帝国傘下)へ転売。さらにミラーソフトはアーケード版の権利をアタリ傘下のテンゲンへ売り、テンゲンは日本の家庭用機版をロジャースへ又貸しする——という転売の連鎖が起きていました。

権利の出所であるELORGには、これらの又貸しは知らされておらず、ロイヤリティ(使用料)も滞っていたとされます。「自分は正当な権利者だ」と信じる当事者が何人もいて、しかもその根拠がそれぞれ別の契約書にある——という、知財紛争として最悪の状態が出来上がっていました。

(出典: Above the Law「Tetris: A Simple Game With A Complex Cold War Past」、Sky HISTORY「The history of Tetris」)

契約書の落とし穴——「コンピューター」の定義が勝敗を分けた

この物語のクライマックスは、銃撃でもカーチェイスでもありません。契約書に書かれた言葉の定義です。

1988年、スタインがELORGと直接結んだライセンスは、「現在および将来のあらゆるコンピューターシステム」を対象とする10年間の世界独占契約でした。一見、何もかも押さえたように読めます。しかし1989年、ロジャースがモスクワでELORGの責任者ニコライ・ベリコフに会い、権利関係の混乱を正直に説明したことで、ELORG側は契約を結び直す決断をします。

ベリコフが新しい契約書に盛り込んだのは、こんな一文でした。

「コンピューターとは、OS・キーボード・モニター・ディスクドライブを備えたものを指す」

— 映画『テトリス』が描くELORGの契約文言

スタインはこの定義に気づかぬまま署名したとされます。この一文によって、彼が持っていた「コンピューター」の権利はPC(パソコン)に限定され、キーボードもディスクドライブもない家庭用ゲーム機や携帯機の権利は、するりと彼の手をすり抜けたのです。空いた携帯機・家庭用機の権利は、ELORGからロジャース/任天堂へと渡りました。

言葉ひとつの定義が、後に数十億ドル規模に育つ市場の帰属を決めた——。契約書の一語をめぐるこの逆転劇は、知財を扱うすべての事業者にとって、忘れがたい教訓です。

(出典: Above the Law「Tetris: A Simple Game With A Complex Cold War Past」、Military.com「The Fight for Tetris」)

制度も言葉も違う相手と、どう信頼を築くか

ロジャースが勝てた理由は、契約テクニックだけではありません。映画が丁寧に描くのは、制度も文化も言葉も違う相手と、いかに信頼関係を築いたかです。

ロジャースとパジトノフが出会った1988年のモスクワは、外国人が現地の人と自由に話すことすら警戒される社会でした。ロジャース自身、後年「自分は人と話すだけで法を破っていたし、アレクセイも私と話すことで法を破っていた」と振り返っています。それでも二人は、ゲームへの純粋な情熱を通じて打ち解けていきます。ロジャースは交渉相手を「出し抜くべき敵」ではなく、共に良いものを世に出すパートナーとして接しました。

対照的だったのが、メディア王ロバート・マクスウェル陣営の動きです。任天堂が水面下で家庭用機の権利を固めたことを知ったマクスウェルは、ソ連政府の高官、果てはゴルバチョフ書記長にまで政治的圧力をかけようとしたとされます。しかし、崩壊間際のソ連にとってテトリスの権利争いは些末な問題で、その手は通じませんでした。コネと圧力で奪おうとした側が敗れ、現地に飛び込んで誠実に向き合った側が勝った——この対比は象徴的です。

(出典: The Daily Beast「Tetris: The Amazing True Story」、Above the Law「Tetris」)

大きな賭けと、その後——創作者がついに報われるまで

ロジャースは自宅を担保に借金をし、招かれざる客としてモスクワに乗り込みました。失敗すれば破産は確実。それでも彼は、テトリスの可能性に全財産を賭けました。

賭けは報われます。任天堂はゲームボーイの携帯版・家庭用機版の権利を獲得し、1989年、テトリスはゲームボーイに同梱されて世界へ。携帯機とパズルゲームは互いを世界的成功へと押し上げました。一方、権利がないまま家庭用機版を出していたアタリ傘下のテンゲンは任天堂に提訴され、裁判所は任天堂勝訴の判断。テンゲンは在庫の廃棄を余儀なくされます。

そして物語には、もうひとつの「報われ」があります。ELORGのライセンスが切れた1990年代半ば、テトリスの権利は開発者パジトノフ本人に戻りました。彼はロジャースとともにThe Tetris Companyを設立し、開発から十数年を経て、ようやく自らの創作物からロイヤリティを受け取れるようになったのです。国家の所有物として一銭も得られなかった発明者が、最後に正当な対価を手にする——大きな賭けに出た二人の友情が、その結末を引き寄せました。

(出典: Sky HISTORY「The history of Tetris」、Military.com「The Fight for Tetris」)

中小企業経営者が学べること

『テトリス』は娯楽作でありながら、知財とライセンスを扱う事業者にとって実務的な教訓の宝庫です。海外展開や他社との提携を考える中小企業経営者ほど、わが身に引きつけて観たい作品です。

  • 権利の「出所」を最初に確かめる — テトリス紛争の根は、誰が本当の権利者かを確認しないまま転売が連鎖したことにあります。仕入れる技術・コンテンツ・ブランドが、本当にその相手の正当な持ち物か。提携や仕入れの前に、権利の出所を遡って確認する習慣が事業を守ります
  • 契約書は「言葉の定義」まで読む — 勝敗を分けたのは「コンピューター」という一語の定義でした。契約書では、対象範囲・期間・地域・媒体(用途)を曖昧にせず、用語を具体的に定義する。一行の読み落としが、将来の主力市場を失わせることがあります
  • ライセンスの「権利範囲」を細かく区切る — PC版・アーケード版・家庭用機版・携帯版は別々の権利でした。自社のIPを他社に許諾するときも、媒体・地域・期間ごとに範囲を切り分けて契約すれば、後から新市場が生まれても自社に権利を残せます
  • 海外・異文化取引は「制度の違い」を前提に — ソ連では成果物が国家所有でした。国が変われば、知財・契約・商習慣のルールは根本から違います。海外展開では、現地の法制度に詳しい専門家を早めに入れることがリスク回避につながります
  • 大きな賭けは「自分の目で確かめて」から — ロジャースは現地に飛び込み、相手と直接向き合って勝機を掴みました。重要な意思決定ほど、伝聞や書類だけでなく、自分の目と足で一次情報を取りにいく。誠実に信頼を築いた者が、最後に大きな果実を得ます

まとめ

映画『テトリス』は、冷戦末期のソ連を舞台に、一人のビジネスマンが全財産を賭けてゲームボーイ版テトリスの権利を勝ち取る実話です。銃やカーチェイスではなく、契約書の一語と、異文化の相手と築いた信頼が勝敗を分けました。

「コンピューター」という言葉の定義ひとつが、後の巨大市場の帰属を決めた事実は、知財とライセンスを扱うすべての経営者への警鐘です。権利の出所を確かめ、契約の言葉を細部まで読み、権利範囲を区切る——この基本が、数十億ドル規模の差を生みました。

この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

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