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経営者向け 失敗から学ぶ

三菱重工MRJ失敗から学ぶ|開発中止と大型投資の落とし穴

三菱重工MRJ失敗から学ぶ|開発中止と大型投資の落とし穴

1962年に初飛行したプロペラ旅客機「YS-11」以来、日本は半世紀にわたって国産旅客機を持たない時代を過ごした。その空白を埋めるべく、三菱重工業が社運をかけて挑んだのが国産初のジェット旅客機「MRJ(Mitsubishi Regional Jet、後の SpaceJet)」プロジェクトだった。2008年の事業化決定時、開発費は約1,500億円と見積もられていた。しかし型式証明(TC)の取得に苦戦し、納入予定は6度にわたって延期。累計開発費は1兆円を超え、2023年2月、三菱重工はついに開発中止を正式に発表した。受注済みのANAホールディングスへの初号機は、ついに飛ぶことなく終わった。日の丸ジェットの夢は、なぜ墜落したのか。中小企業から大企業まで、規模を問わず大規模新規事業に挑むすべての経営者にとって、この失敗は他人事ではない。

この記事で学べること

  • 未経験領域へ大型投資するとき、最初に検証すべき規制・認証リスク
  • 開発費が膨らむ前に決めておく撤退ラインとマイルストーン

新規事業や設備投資を進める前に、事業計画を固める際は 事業計画書の書き方 も参考にしてください。

YS-11以来の国産ジェット夢——プロジェクト始動(2008年)

2008年3月、三菱重工業は取締役会で「MRJ事業」の正式事業化を決定した。70〜90席クラスのリージョナルジェット機を開発し、世界の地域路線市場に投入する——日本の航空機産業にとって、戦後最大級の挑戦の始まりだった。事業化決定時の開発費見積もりは約1,500億円、初号機納入は2013年を予定していた。

背景には、戦後日本が長らく国産旅客機を持たなかった反省がある。1962年初飛行のターボプロップ機「YS-11」は商業的には成功とは言い難く、1973年に生産が終了した。それ以来、日本の航空機産業は主としてボーイング社向けの構造部品供給(B787の主翼など)を担う「下請け」的な立場にとどまっていた。完成機メーカーとして自立することは、産業政策の悲願でもあった。

2008年当時、リージョナルジェット機市場は成長分野とみられていた。ハブ&スポーク型の航空ネットワークが拡大し、地方都市同士を直結する小型ジェット需要は今後20年で5,000機規模に達するとの予測もあった。先行するブラジルのエンブラエル、カナダのボンバルディアが寡占するこの市場に、燃費性能で優位な次世代機を投入できれば商機は十分にある——MRJはそういう戦略構想のもとで動き出した。

当初の販売目標は、市場全体の20%以上のシェア確保。ANAホールディングス(旧全日本空輸)が国内エアラインとして初の25機(オプション含む)を発注し、米トランス・ステーツ・ホールディングスからも100機の確定発注を得た。受注は順調に伸び、2014年時点で受注総数は400機を超える勢いだった。「日の丸ジェット」への期待は産業界にも金融市場にも漂っていた。

出典: 三菱重工 公式「MRJ事業化決定」(2008年) / Wikipedia 三菱スペースジェット / 国土交通省 航空機産業政策

三菱の航空機開発体制と国の支援(500億円)

MRJを担う事業会社として、2008年4月に「三菱航空機株式会社」が設立された。三菱重工業が65%、トヨタ自動車・三井物産・住友商事・三菱商事・JAMCO(日本航空機開発協会関連)などが共同出資する形となり、文字通り「オールジャパン」体制で臨んだ。資本金は当初5億円から段階的に増資され、最終的には1,000億円超の規模に拡大していった。

しかし、三菱重工には民間旅客機の完成機開発経験が事実上なかった。戦後の日本企業はボーイングやエアバスへの「サブコン(下請け)」としての部品供給で航空産業に関わってきたが、機体全体の設計・統合・型式証明取得を主体的に行う知見・人材・ノウハウは限定的だった。航空機の総合エンジニアリング、特に北米FAA(連邦航空局)の厳格な認証プロセスに対応する経験者は社内にほとんどいなかった。

この課題に対し、三菱航空機は当初「外部から経験者を招聘する」方針を取った。米ボーイング社で機体開発を経験した技術者をシニアアドバイザーとして招き、設計の主要部分にも欧米メーカー出身のエンジニアを起用した。だが、組織として「型式証明を取得する」という一連のプロセスを内製化することはできず、外注的・断片的な対応に終始したことが、後の遅延を招く根本要因となった。

2014年10月、愛知県の三菱重工小牧南工場で初号機のロールアウト(披露式典)が華々しく開催され、当時の安倍晋三首相も列席した。2015年11月には初飛行に成功。ここまでは順調に見えた。だが本当の試練はここから始まった——「飛ぶこと」と「商業旅客機として認証されること」は、まったく別の問題だったのである。

出典: 経済産業省「環境適応型小型航空機開発」 / 日経ビジネス「国産ジェット、官民出資の難しさ」 / 三菱重工 公式「MRJ初飛行成功」(2015年)

型式証明取得の壁——FAA認証と配線設計の繰り返し

商業旅客機を運航するには、各国の航空当局から「型式証明(Type Certificate, TC)」を取得しなければならない。MRJの場合、日本の国土交通省航空局(JCAB)に加え、最大市場である米国の連邦航空局(FAA)の認証取得が販売の前提条件だった。このFAA認証こそが、MRJプロジェクトを座礁させた最大の壁となった。

2016年以降、三菱航空機の設計はFAAから繰り返し「設計変更要求」を受けた。特に問題となったのが、機内の電気配線の設計だった。航空機の配線は単なる電源供給ではなく、故障時の冗長性・延焼防止・電磁干渉回避など、極めて厳格な安全基準が課される。FAAは万一の事故時に「ある配線が燃えても他の系統が生き残る」よう、配線の経路・距離・分離を厳密に審査する。

MRJの場合、FAAからの指摘により配線の引き直しを大規模に行わざるを得なくなった。2017年には、機体内部の配線設計を一から見直す「再設計」が決定され、テストフライトで使用していた4機の試験機に対してもこの再設計に基づく改修が行われた。配線の総延長は数十キロメートルに及び、機体ほぼ全体の再構築に近い作業となった。これは「設計の早い段階で当局の認証要件を組み込めなかった」という根本的な開発プロセスの問題を露呈する事態だった。

FAAの認証プロセスは「設計→製造→飛行試験→データ提出→修正→再試験」という反復作業であり、各段階で書類・データ・テスト記録の膨大な提出が求められる。エンブラエルやボンバルディアといった先行メーカーは長年の経験でこのプロセスを内製化しているが、三菱航空機にはその経験がなかった。結果として、「指摘を受ける → 設計変更 → 再試験 → また指摘を受ける」という負のループに陥った。

2019年6月、三菱航空機はブランド名を「MRJ」から「SpaceJet」に変更した。これは仕切り直しの意味合いも持つリブランディングだったが、同時に米国の競合製品との市場ポジショニングを再定義する戦略でもあった。だが名前を変えても、認証取得の難航という根本問題は解決しなかった。

出典: 朝日新聞「MRJ配線設計を全面見直し」(2017年) / 日経ビジネス「MRJ、型式証明取得への壁」 / AviationWire「三菱航空機、MRJをスペースジェットに改名」

度重なる延期と1兆円超への膨張

MRJ/SpaceJetの初号機納入予定は、プロジェクト開始当初2013年だった。しかしその後、納入予定は以下のように繰り返し延期されることになる。

延期回 発表時期 新たな納入予定
1回目 2009年 2014年(当初2013年から)
2回目 2012年 2015〜2016年
3回目 2013年 2017年
4回目 2015年 2018年
5回目 2017年 2020年央
6回目 2020年 2021年度以降(事実上の凍結)

納入が延期されるたびに、開発費は雪だるま式に膨張した。当初1,500億円と見積もられていた累計開発費は、2015年時点で約3,000億円、2018年時点で6,000億円、最終的には累計1兆円を超える規模に達した。三菱重工本体の財務にも重大な影響を及ぼし、2020年3月期の連結最終損益は約294億円の赤字に転落。SpaceJet関連の評価損として約2,635億円を計上したこともあり、三菱重工の経営の足かせとして強く意識される存在となっていった。

そして2020年、コロナ禍が決定打となる。世界の航空需要は急減し、特にリージョナルジェット機の市場は冷え込んだ。米国ではスコープ・クローズ条項(地域航空会社が運航できる機体の重量・座席数を制限するパイロット労組との協定)の存在もあり、SpaceJet(M90モデル)は最大市場である米国市場で売れない可能性が浮上した。2020年10月、三菱重工はSpaceJet事業を「一旦立ち止まる」(凍結)と発表。試験機を保管し、開発要員も大幅に縮小する事実上の開発停止状態となった。

「立ち止まる」と言いつつ、業界関係者の多くは「もはや復活はないだろう」と見ていた。型式証明取得の見通しが立たず、市場環境も大きく変わり、財務的負担は限界に近い——その三重苦のなかで、再開のシナリオを描くのは現実的ではなかった。

出典: 日経新聞「MRJ、納入延期で開発費6000億円に」 / ロイター「三菱重工、スペースジェット開発を一時凍結」(2020年) / 朝日新聞「スペースジェット凍結 1兆円投じた国産ジェットの誤算」

2023年 開発中止——日の丸ジェットの終焉

2023年2月7日、三菱重工業の泉澤清次社長(当時)は記者会見で、SpaceJet事業の正式な開発中止を発表した。事業化決定の2008年から実に15年、累計開発費約1兆円——日本の航空機産業にとって戦後最大級のプロジェクトが、最終的に「失敗」として幕を閉じた瞬間だった。三菱航空機は2023年4月に商号を「MSJ資産管理」に変更し、清算手続きへと移行した。

泉澤社長は会見で、開発中止の理由として「型式証明取得に必要な事業性が見通せない」「市場環境の変化」「開発リソースの集中」を挙げた。具体的には、コロナ後のリージョナル機市場の構造変化、ESG・脱炭素対応のさらなる開発投資の必要性、そして三菱重工本体が次世代航空機(水素航空機など)や防衛分野への注力を優先する経営判断があったとされる。

ANAホールディングスをはじめとする発注航空会社への補償も大きな問題となった。ANAは2008年に25機を発注して以来、SpaceJet納入を前提に運航計画を組んでいたが、最終的に1機も受領できなかった。三菱重工は受注済み顧客に対して補償交渉を進めたが、その費用は数百億円規模に達したとみられる。受注を獲得していた米トランス・ステーツ・ホールディングスをはじめとする海外エアラインも同様に納入を受けられず、関係は事実上消滅した。

YS-11以来約半世紀ぶりとなる国産旅客機の夢は、こうして潰えた。残されたのは、累計1兆円の損失、4機の完成試験機(うち1機は愛知県の博物館に寄贈)、そして「次に日本企業が完成機開発に挑むのは何十年先になるか分からない」という重い宿題だった。日本の航空機産業は、再びサブコン(部品供給)の立場に戻ることになった。

一方、競合のエンブラエルとボンバルディアは、MRJが市場参入できなかった「失われた15年」の間に、E2シリーズやCRJシリーズの後継機を市場投入し、リージョナル機市場での寡占体制を一層強固なものにした。MRJ/SpaceJetが目指していたシェア20%の獲得機会は、永遠に失われた。

出典: 三菱重工 公式「『スペースジェット』事業の総括について」(2023年) / 日経新聞「三菱重工、スペースジェット開発中止を正式発表」(2023年) / 朝日新聞「スペースジェット開発中止、1兆円が消えた日」 / NHK「国産ジェット旅客機開発の中止を発表」(2023年)

まとめ:MRJ/SpaceJetが教えてくれる「未経験領域への大規模投資」の落とし穴

  • 2008年事業化決定時、開発費見積もりは約1,500億円、初号機納入予定は2013年だった
  • FAA型式証明取得の壁にぶつかり、配線設計の大規模な引き直しなど手戻りが多発。納入予定は6度延期された
  • 累計開発費は最終的に1兆円超に膨張し、三菱重工本体の財務に重大な影響を与えた
  • 2020年のコロナ禍とスコープ・クローズ条項問題で米国市場での販売見通しが立たず、開発が事実上凍結
  • 2023年2月、開発中止が正式発表。YS-11以来約半世紀ぶりの国産旅客機の夢は潰え、ANAなどへの納入は1機も実現しなかった

参考資料
・Wikipedia「三菱スペースジェット」
・三菱重工 公式「『スペースジェット』事業の総括について」(2023年)
・日本経済新聞「三菱重工、スペースジェット開発中止を正式発表」(2023年)
・朝日新聞「スペースジェット開発中止、1兆円が消えた日」
・ロイター「三菱重工、スペースジェット開発を一時凍結」(2020年)
・朝日新聞「MRJ配線設計を全面見直し」(2017年)
・NHK「国産ジェット旅客機開発の中止を発表」(2023年)
・経済産業省「航空機産業政策」

この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

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