東芝|ウェスチングハウス買収6,600億円の賭けが招いた原発コスト膨張と巨額減損(2017)
かつて「総合電機の雄」として日立製作所と並び称された東芝。創業140年以上の歴史を持ち、半導体・原子力・社会インフラ・家電と幅広い事業を展開してきた日本を代表する企業だ。しかし2006年、東芝は米原子力大手ウェスチングハウス(WH)を当初想定の2倍以上にあたる約6,600億円で買収。この賭けが、2011年の福島第一原発事故と世界的な原発逆風によって裏目に出る。2015年に発覚した不正会計事件、2017年3月期の最終赤字9,656億円、半導体メモリ事業の売却、東証2部への降格——。日本最大級の名門企業を襲った経営危機は、「大型M&A」と「規制産業への過剰投資」の怖さを浮き彫りにした。
東芝の全盛期——総合電機の雄として築いた地位
東芝の源流は1875年(明治8年)に田中久重が創業した「田中製造所」(後の芝浦製作所)と、1890年に藤岡市助が創業した「白熱舎」(後の東京電気)に遡る。1939年、両社が合併して「東京芝浦電気株式会社」が誕生し、戦後に「東芝」と通称されるようになった。創業者の一人、田中久重は「東洋のエジソン」と呼ばれた発明家で、からくり人形や万年時計の作者としても知られる。
戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、東芝は日本初の電気洗濯機(1930年)、電気冷蔵庫(1930年)、電子レンジ(1959年)、ワードプロセッサ「JW-10」(1978年)、ノートパソコン「DynaBook」(1989年)、世界初のNAND型フラッシュメモリ(1987年、舛岡富士雄氏発明)など、数多くの画期的製品を世に送り出した。「東芝=技術の総合電機」というブランドイメージは、こうした実績の積み重ねで構築された。
1990年代から2000年代前半にかけて、東芝は半導体(DRAM・NAND)、家電、社会インフラ(発電・送配電・鉄道)、医療機器、防衛、原子力など極めて広範な事業ポートフォリオを抱える総合電機メーカーとして君臨した。連結売上高は6兆〜7兆円規模、従業員は世界で約20万人を数えた。
2000年代半ば、東芝は社会インフラ部門の中核に「原子力」を据える戦略を打ち出した。地球温暖化対策として原子力発電が再評価され、世界各国で新規建設計画が動き出した「原子力ルネサンス」と呼ばれた時代である。米国・中国・インドなどで数十基規模の原発新設が見込まれ、原子力は東芝にとって長期成長の柱と位置づけられた。
原子力事業を強化する選択肢は2つあった。日立製作所と組んでGEと提携する沸騰水型(BWR)路線を強化するか、米ウェスチングハウス(WH)を買収して加圧水型(PWR)市場にも参入するか。東芝は後者を選び、世界最大級のM&Aへと突き進んでいく。
出典: 東芝 公式 沿革 / Wikipedia 東芝
2006年WH買収6,600億円——三菱重工との競合に勝った熾烈な入札
2006年2月、東芝は米ウェスチングハウス(WH)の買収を発表した。WHは加圧水型軽水炉(PWR)の世界的なリーディングカンパニーであり、英BNFL(英国核燃料会社)の傘下にあった。BNFLが売却を決めたWHを巡っては、三菱重工業、米GE、韓国斗山重工業、仏アレバなどが買収に名乗りを上げ、入札は激しい争奪戦となった。
当初の市場予想では買収価格は20億ドル前後と見られていた。しかし入札はヒートアップし、最終的に東芝は54億ドル(当時のレートで約6,600億円)という、想定の2倍以上の金額で落札した。三菱重工は「適正価格を超えた」として早期に降りたとされ、業界では「東芝は高値づかみだ」という声が広がった。
この6,600億円という金額は、買収時のWHの推定純資産(約1,800億円規模)に対して大幅なプレミアムが乗せられたもので、差額の大半は「のれん」として東芝の連結貸借対照表に計上された。のれんは将来の収益で回収できる前提でしか正当化されない資産だ。原発市場が当初の想定通りに拡大すれば回収可能だったが、前提が崩れれば一気に減損リスクとして顕在化する性質を持っていた。
東芝の経営陣(当時の西田厚聰社長)は、「原子力ルネサンス」の波に乗って世界の原発建設市場でシェアを取れば十分にペイすると判断した。米国だけでも30基以上の新規建設計画があり、中国は数十基、インドも複数基の建設を計画していた。「原発1基あたり数千億円の受注を、年間数基取れば数年で投資回収できる」——そんな強気の試算が買収を後押しした。
当時、東芝のM&Aを称賛する論調も多かった。日経ビジネスや業界紙は「世界の原発市場を制する布石」と評価し、東芝の株価も買収発表後しばらくは堅調に推移した。誰もが「これからは原子力の時代」という前提を共有していた——その前提が、わずか5年後に粉々に崩れることになる。
福島第一原発事故と世界の原発逆風
2011年3月11日、東日本大震災が発生し、東京電力福島第一原発で炉心溶融(メルトダウン)と水素爆発が起きた。この事故は、世界の原発政策と原発関連ビジネスの前提を根本から変える出来事となった。皮肉なことに、福島第一原発の1号機を建設したのはGEだが、3号機・5号機は東芝が、4号機は日立が建設に携わっていた。
事故後、ドイツは2022年までの全原発停止を決定。スイス、イタリア、ベルギーなども原発廃止・縮小に舵を切った。中国・インドも新規建設計画を一時凍結し、安全審査を強化。米国でも住民の反対運動が強まり、新規建設の許認可プロセスは大幅に遅れた。「年間数基の新規受注」を前提にしていた東芝・WHのビジネスモデルは、根底から崩れた。
さらに深刻だったのは、安全規制の強化による建設コストの膨張だった。福島事故を受けて米原子力規制委員会(NRC)は安全要件を厳格化し、AP1000という新型炉の建設工事は度重なる設計変更を余儀なくされた。米サウスカロライナ州VCサマー原発、ジョージア州ボーグル原発——WHが建設を請け負っていた米国内のプロジェクトは、いずれも工期遅延とコスト超過に見舞われた。
WHは2015年12月、米建設会社CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)を買収した。これは原発建設プロジェクトの工期遅延・コスト超過問題を解決するための「垂直統合」を狙ったものだったが、結果的にはS&Wが抱えていた追加コスト負担まで東芝が引き受ける形となり、損失が雪だるま式に拡大する引き金になった。後にこのS&W買収こそが東芝経営危機の最大の引き金だったと指摘されている。
2016年末、WHが建設中の米国内原発プロジェクトで、当初見積もりを大幅に超える建設コストが発生していることが明らかになった。VCサマー原発は工期遅延と追加コストで赤字が拡大し、ボーグル原発も同様の状況に陥った。東芝は2016年12月、原発事業で数千億円規模の損失が発生する可能性があると発表。市場は衝撃を受け、東芝株は急落した。
出典: 日経「東芝、米原発で巨額損失」(2016年12月) / Reuters「東芝、米原発子会社WHが連邦破産法11条申請」
不正会計と巨額減損(2015〜2017年)
原発事業の苦境が顕在化する前から、東芝の財務には別の闇が広がっていた。2015年4月、証券取引等監視委員会の調査をきっかけに、東芝で長年にわたって組織的な利益かさ上げが行われていたことが発覚した。いわゆる「東芝不正会計事件」である。
第三者委員会の報告書によれば、2008年度から2014年度までの7年間で、累計約2,248億円の利益が水増しされていた。PCインフラ、半導体、映像、社会インフラの各事業で「チャレンジ」と呼ばれる過大な利益目標が経営トップから現場に課され、達成のための会計操作が横行していた。当時の歴代3社長(西田厚聰・佐々木則夫・田中久雄)は全員引責辞任した。
「ものいえぬ企業風土」が不正会計の温床になった、と第三者委員会は厳しく指摘した。強力なトップダウン経営、達成不可能な目標への盲従、社内における異論の封殺——これらが組み合わさり、財務報告の信頼性が損なわれた。日本を代表する優良企業とみられていた東芝の信用は、地に堕ちた。
不正会計問題の処理が一段落するかと思われた矢先の2016年末、今度はWH関連の巨額損失が判明する。2017年2月、東芝はWH関連で約7,125億円ののれん減損を計上すると発表。同年4月、WHは米連邦破産法第11章(チャプター11)の適用を申請し、東芝の連結対象から外れた。
2017年3月期の決算で、東芝は最終赤字9,656億円という、日本の製造業として過去最大級の損失を計上した。連結純資産はマイナス、すなわち債務超過5,529億円に転落。東証は2017年8月、東芝株を東証1部から2部に降格指定した。さらに「特設注意市場銘柄」(上場廃止になる可能性のある問題銘柄)にも指定され、上場廃止の危機に直面した。
原発関連の損失処理に伴い、東芝はそれまで主力事業の一つだった医療機器子会社「東芝メディカルシステムズ」を2016年にキヤノンへ6,655億円で売却。さらに2017年には家電事業の「東芝ライフスタイル」を中国の美的集団に売却するなど、優良事業の切り売りで現金を確保せざるを得なかった。「総合電機の雄」が、その看板を一つずつ手放していった。
出典: 東芝 第三者委員会調査報告書 / 日経「東芝、債務超過5529億円 17年3月期」 / Reuters「東芝、特設注意市場銘柄に指定」
半導体メモリ売却・上場維持の苦闘
債務超過の解消と上場維持のため、東芝は最大の「金の卵」だった半導体メモリ事業(NAND型フラッシュメモリ)の売却を決断する。NANDメモリは1987年に東芝の舛岡富士雄氏が発明した日本発の半導体技術で、サムスン電子に次ぐ世界2位のシェアを誇っていた。スマートフォンやデータセンター向け需要が爆発的に伸びる成長事業を、東芝は手放さざるを得なくなった。
2017年9月、東芝は半導体子会社「東芝メモリ」(後のキオクシア)を、米ベインキャピタル主導の日米韓連合に約2兆円で売却することを決定した。SKハイニックス、Apple、Dell、Seagateなどが出資する複雑なスキームだった。売却は2018年6月に完了し、東芝は債務超過を解消、東証1部復帰を目指す体制を整えた。
しかし、最大の収益源だったNANDメモリ事業を失った東芝は、稼ぐ力を大幅に失った。原発事業の損失処理のために、将来の柱となるはずだった成長事業を売却する——典型的な「未来を売って今日を生き延びる」決断だった。残ったのは社会インフラ、エレベーター、電力システム、HDD、量子暗号通信などの事業群だが、いずれも成長性は限定的だ。
2018年以降の東芝は、物言う株主(アクティビスト)との対立に明け暮れた。シンガポールのエフィッシモ・キャピタルや3D・インベストメント・パートナーズなど、海外ファンドが大株主として経営に介入。社外取締役の選任、経営陣の刷新、戦略の見直しが繰り返し議論された。2020年の定時株主総会では、エフィッシモが提案した取締役候補を会社側が拒否し、後にこの株主総会運営の正当性が司法の場で争われる事態にも発展した。
2021年4月、英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズから買収提案(約2.3兆円)を受けたことが発覚。経営陣の対応を巡って取締役会は混乱し、車谷暢昭社長は引責辞任した。その後も「事業3分割案」「2分割案」「非公開化案」など、再編シナリオが二転三転した。最終的に2023年9月、国内ファンドのJIP(ジャパン・インダストリアル・パートナーズ)が主導するTOB(株式公開買い付け)が成立し、2023年12月、東芝は東証プライム市場から上場廃止となった。1949年の東証上場以来74年にわたる上場企業としての歴史に幕を下ろした。
非公開化後の東芝は、JIPと国内事業会社の出資のもとで再建が進められている。半導体メモリ(キオクシア)は2024年に再上場を果たしたが、東芝本体への直接的な還元は限定的だ。「総合電機の雄」が、いくつもの事業を切り売りしながら最終的に上場廃止に至る——日本のM&A史において、もっとも痛みを伴う事例の一つとなった。
出典: 日経「東芝、メモリ事業を2兆円で売却決定」(2017年) / Reuters「東芝、TOB成立で12月上場廃止へ」(2023年)
まとめ:東芝が教えてくれる「大型M&Aと規制産業への過剰投資の怖さ」
- 東芝は1875年創業の名門総合電機メーカー。半導体・原子力・社会インフラ・家電を抱える日本を代表する企業だった
- 2006年、米ウェスチングハウス(WH)を当初想定の2倍以上にあたる約6,600億円で買収。「原子力ルネサンス」の波に賭けた
- 2011年の福島第一原発事故で世界の原発政策が一変。安全規制強化により米国内原発プロジェクトの建設コストが膨張した
- 2015年に累計2,248億円の不正会計が発覚。歴代3社長が引責辞任し、ガバナンスへの信頼が崩壊した
- 2017年3月期に最終赤字9,656億円を計上し債務超過5,529億円に転落。WHは米チャプター11を申請
- 債務超過解消のため2018年に半導体メモリ事業(キオクシア)を約2兆円で売却。最大の成長事業を手放す決断を迫られた
- 2023年12月、JIP主導のTOBで東証プライム市場から上場廃止。74年の上場企業としての歴史に幕
参考資料
・Wikipedia「東芝」
・東芝 公式「沿革」
・日経ビジネス「東芝がWH買収、6600億円の賭け」
・日本経済新聞「東芝、米原発で巨額損失」(2016年)
・Reuters「東芝、米原発子会社WHが連邦破産法11条申請」(2017年)
・東芝 第三者委員会調査報告書(2015年)
・日本経済新聞「東芝、債務超過5529億円 17年3月期」
・Reuters「東芝、TOB成立で12月上場廃止へ」(2023年)


