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12件の記事

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新井隆二(ビックカメラ)|「家電は郊外」の常識を覆し、池袋駅前を日本一の家電聖地に変えた男

1978年、東京・池袋。群馬県高崎市の小さなカメラ販売店「高崎DPセンター」を構えていた32歳の新井隆二(あらい・りゅうじ、通称・隆司)は、東京進出の地としてあえて池袋駅前を選んだ。当時の常識は「家電は郊外ロードサイド」——大型店は地代の安い郊外に駐車場付きで構えるのが定石だった。だが新井は、徒歩客

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ベルナール・アルノー(LVMH)|父の建設会社を売却し「ディオール」を手に入れた『侵略者』の異常な情熱

1984年、フランス・パリ。土木建設業の家業を継いだ35歳の若き経営者ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)は、ある決断を下した。父から受け継いだ建設会社「フェレ・サヴィネル」の不動産部門を売却し、その資金4000万フランを懐に、経営破綻していた繊維コングロマリットブサック社の買収に

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ロバート・ボッシュ|不合格品を自ら叩き割り、世界に先駆けて1日8時間労働を導入した「品質と人」への異常な情熱

1886年11月15日、ドイツ南西部シュトゥットガルト。職人と使い走りの少年、わずか二人を従えて、25歳の若者が「精密機械と電気工学の作業場」の看板を掲げた。男の名はロバート・ボッシュ(Robert Bosch、1861-1942)。当時、ガソリン自動車という新しい乗り物が産声を上げたばかりで、その

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ガブリエル・シャネル(CHANEL)|孤児院で育ち「女性をコルセットから解放する」と宣言し服飾の歴史を変えた異常な情熱

1883年、フランス中部の田舎町ソミュール。行商人の父と病弱な母のあいだに生まれたガブリエル・ボヌール・シャネル(Gabrielle Bonheur Chanel)は、12歳で母を亡くし、父に捨てられるようにオバジーヌ修道院付属の孤児院へ預けられた。施設で身につけた「縫う」という技能だけを武器に、お

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アンドレ・シトロエン(Citroën)|砲弾を日産5万発・ヨーロッパのフォードを目指した『前輪駆動』の異常な情熱

1914年、第一次世界大戦の戦火に包まれたフランス。砲弾の絶望的な不足にあえぐ陸軍に対し、当時36歳の砲兵将校アンドレ・シトロエン(André Citroën, 1878–1935)は驚くべき提案を持ち込んだ。「パリのジャベル河岸に巨大工場を建て、砲弾を1日5万発製造する」——常識を覆す計画は採用さ

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ジョン・ポール・デジョリア(ポール・ミッチェル)|資本金700ドル・車中生活で身なりを整え、サロンに飛び込み営業した男の異常な情熱

1980年、米ロサンゼルス。1台の古いロールスロイスが、ある男の自宅であり、オフィスであり、移動式倉庫だった。男の名はジョン・ポール・デジョリア(John Paul DeJoria, 1944〜)。当時36歳、養護施設で育ち、百科事典の訪問販売を経て、ヘアケア大手レッドケンを解雇された彼は、ヘアスタ

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レイ・ドルビー(ドルビー研究所)|16歳でAmpex入社・インドの録音現場で着想した「ノイズリダクション」が映画館の標準になった情熱

1965年、ロンドン。32歳のレイ・ドルビー(Ray Dolby)は、わずか4人のスタッフとともに「ドルビーラボラトリーズ」を立ち上げた。彼の手には、インド・ニューデリーで国連の科学計測ラボ立ち上げの任務に就いていた2年間に着想したアイデアがあった。「テープ録音のノイズだけを選び出して消す回路」——

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ジェームズ・ダイソン|5年・5,127台の試作機と妻の美術教師の給料で家族を養った「サイクロン狂い」の情熱

1978年、英国コッツウォルズの片田舎。31歳のジェームズ・ダイソン(James Dyson)は、ヴィクトリア朝の古い屋敷を自ら改装していた。粉塵まみれの作業の中、彼は妻が買い与えた紙パック式掃除機が「使うほどに吸引力が落ちる」事実に苛立っていた。「ゴミ袋が詰まっていないのに、なぜ吸わないのか」——

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エンツォ・フェラーリ(フェラーリ)|FIATに不採用・トリノの雪のベンチで泣いた男が築いた跳ね馬の王国

1919年、第一次世界大戦から復員した21歳の青年は、雪の舞うトリノの公園のベンチで一人泣いていた。彼の名はエンツォ・フェラーリ。父と兄をスペイン風邪で立て続けに失い、頼みの綱だったイタリア最大の自動車メーカーフィアット(FIAT)の入社試験には不採用——後に自伝に「わたしは雪の降るトリノの公園のベ

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アンディ・グローブ(Intel)|ナチスから隠れ、ソ連軍を逃れ、皿洗いから首席卒業——「パラノイアだけが生き残る」男の情熱

1956年11月、ハンガリー・ブダペスト。ソ連軍の戦車が街を制圧する中、20歳のアンドラーシュ・グローフ(後のアンディ・グローブ)は一晩中ソ連兵を避けながら、友人と二人で国境を越えてオーストリアへ逃げた。手元には英語の本一冊もなく、家族に別れを告げる時間すらなかった。難民船でニューヨークに渡り、ブル

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早川徳次(シャープ)|関東大震災で工場・妻・子2人を一夜で失い、大阪で日本初のラジオを生んだ男

1923年(大正12年)9月1日、東京・本所。早川徳次(はやかわ・とくじ)は29歳だった。シャープペンシルの大ヒットで工場は林町120坪、亀戸にも分工場を構え、従業員200人を抱える金属加工事業者として、波に乗っていた。その日の正午前——マグニチュード7.9の関東大震災が首都圏を襲った。工場は全焼。

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ヘンリー・フォード(フォード・モーター)|食肉解体場の流れ作業を丸一日見学し、5ドル日給と8時間労働で世界を変えた男の異常な情熱

1913年、米国ミシガン州ハイランドパーク。1台あたり12時間以上かかっていた自動車の組立工程が、わずか1時間33分に短縮された。世界初の移動式組立ライン(moving assembly line)の誕生である。発案者はヘンリー・フォード(Henry Ford, 1863–1947)。ミシガン州の農