いきなり!ステーキ|2年で500店舗まで急拡大したペッパーフードサービスがカニバリと社長メッセージで失速するまで
「立ち食いでステーキを安く食べる」——その斬新な発想で外食業界を席巻したのが、ペッパーフードサービスが2013年12月に銀座で立ち上げた「いきなり!ステーキ」だった。グラム単位で量り売りされる分厚いステーキを、立ったまま短時間で味わえるスタイルは、瞬く間にビジネスマンを中心に支持を集めた。出店ペースは異常な速さで、2019年初頭にはピーク約500店に達した。しかし急成長の裏で「同じエリアに何店もある」状態が進行し、自社店舗同士が客を奪い合うカニバリゼーションが既存店売上を直撃。さらに2019年11月、店頭に貼られた社長直筆メッセージがSNSで炎上し、ブランドへの信頼が揺らいだ。2019年12月期には約171億円の純損失を計上、東証2部への降格、そして2020年8月には看板事業の一つだったペッパーランチ事業を約85億円でJ-STAR運営のPLHDに売却するに至った。コロナ禍の追い打ちも受け、いきなり!ステーキの店舗数は100店超まで縮小した。急成長と急落のジェットコースターは、中小企業経営者にとってもひとごとではない教訓を残している。
1. 立ち食いステーキ業態の誕生と爆発的成長(2013〜2017年)
ペッパーフードサービスは、創業者・一瀬邦夫が1985年に設立した外食企業で、看板業態は鉄板で熱した米と肉を提供する「ペッパーランチ」だった。低価格・スピード提供を武器に、フードコートやロードサイドで全国展開を進めていた。しかし2010年代に入り、外食市場は飽和に近づき、新しい切り口の業態が求められていた。
2013年12月、一瀬は東京・銀座4丁目に「いきなり!ステーキ」1号店をオープン。コンセプトは明快で、「立ち食いカウンターで、グラム単位で量り売りされる分厚いステーキを、リーズナブルな価格で素早く食べる」というもの。回転率の高い立ち食いスタイルと、肉好きの男性ビジネスマンに刺さる量り売りのワクワク感が組み合わさり、開店直後から行列が絶えなかった。1号店は月間売上が当初予測を大きく上回り、すぐに2号店、3号店の計画が動き出した。
2014年から2016年にかけて、いきなり!ステーキは首都圏を中心に出店を加速させた。2014年末には約30店、2015年末には約80店、2016年末には約120店と、毎年倍々ペースで拡大していった。立ち食い業態は通常の飲食店より客席密度が高く、坪あたり売上が大きいため、ロードサイド・駅前・商業ビル内など多様な立地に展開しやすかった。
2017年2月、ペッパーフードサービスは東証2部から東証1部へ昇格。同年の連結売上高は約362億円、営業利益は約30億円規模に達した。創業者・一瀬の長男である一瀬健作が経営に参画し、海外展開も視野に入れた攻めの拡大戦略が打ち出された。同年から米国ニューヨークへの出店も開始し、「日本発のステーキ業態を世界へ」という強気のメッセージが市場を高揚させた。
株式市場の評価も急上昇した。2017年から2018年にかけて、ペッパーフードサービスの株価は一時8,000円台を超え、時価総額は1,000億円規模に膨らんだ。低価格・高回転・量り売りという3つのキーワードが「これまでにない外食モデル」として注目され、メディアでも頻繁に取り上げられた。一瀬は外食業界の風雲児として講演やテレビ出演を重ね、ブランドの顔として前面に出続けた。
出典: ペッパーフードサービス 公式 沿革 / Wikipedia いきなり!ステーキ / 日経「ペッパーフード、東証1部に指定替え」(2017年)
2. ピーク時の急拡大——2019年初頭に約500店へ
2017年から2018年にかけて、いきなり!ステーキの出店ペースはさらに加速した。2017年末には約190店、2018年末には約400店、そして2019年初頭には約500店に達したと報じられている。わずか5年余りで、ゼロから全国規模の500店舗チェーンを構築したスピードは、日本の外食業界でも前例のないレベルだった。
急速な出店を支えたのは、本部主導の標準化されたオペレーションだった。立ち食いカウンターと鉄板、量り売り用の計量カウンター、肉のカット担当者という固定パッケージで、出店から開業までの期間を短縮できた。また初期投資が比較的少なく、回収期間が短いことから、社内では「とにかく出店を増やせば利益が積み上がる」という前提が共有されていった。
2018年12月期の連結売上高は約635億円、営業利益は約38億円とピークに達した。株式市場では「次の壱番屋(CoCo壱)になる」とまで言われ、株価は8,000円台をつけた。一瀬は外食産業大賞や経済誌の特集で取り上げられ、立ち食いステーキ業態の成功者として地位を確立した。
しかし、この急拡大の裏側で、深刻な問題が静かに進行していた。同じエリアに同じ業態を集中出店すれば、顧客は分散する——いわゆるカニバリゼーション(共食い)の兆候だ。都心では1駅に2〜3店舗、ロードサイドでは数キロ圏に複数店舗という配置も珍しくなく、新規顧客の獲得よりも既存顧客の取り合いが進んでいた。出店スピードを最優先したマネジメントは、この警戒信号を見逃した。
さらに肉の仕入れコストも上昇していた。米国産・豪州産の牛肉価格は世界的に上がり続けており、量り売りで「分厚く」「グラム単位で安く」を強調したいきなり!ステーキにとっては、利益率を直接圧迫する要因だった。値上げをすればコンセプトが揺らぎ、値上げをしなければ利益が出ない——このジレンマが、2019年に一気に表面化することになる。
出典: 東洋経済オンライン「いきなり!ステーキ大量閉店の真相」 / 日経「ペッパーフード、最終赤字171億円」(2020年)
3. カニバリと既存店売上の急落、そして社長メッセージ事件(2019年)
2019年に入ると、いきなり!ステーキの既存店売上高は前年同月比でマイナスが続いた。1月以降、ほぼ毎月二桁減を記録し、夏には前年同月比マイナス30%を超える月も出てきた。新規出店で全体売上は維持されていたものの、店舗あたりの収益は明らかに悪化していた。新規出店で既存店の顧客を奪う「自社カニバリ」の典型的なパターンに陥っていた。
同時にメニュー戦略の迷走も目立った。立ち食いから着席型店舗への切替、ハンバーグメニューの導入、ライス無料サービスの開始など、コンセプトの揺らぎを感じさせる施策が相次いだ。「立ち食いでステーキを素早く」というシャープなブランドポジションは曖昧になり、利用客から見ると「結局、何が売りなのかわからない店」になりつつあった。
2019年11月、いきなり!ステーキの店頭に、社長・一瀬邦夫の名前で書かれた直筆風の貼り紙が掲示されたことがSNSで一気に拡散した。「いきなりステーキがなくなって良いのですか」「皆さまのお越しがなければ閉店せざるを得ません」といった、客に来店を訴える長文のメッセージは、一部から「客に責任を押し付けているように読める」「経営側の問題ではないか」と批判を集めた。Twitter(現X)を中心に「社長メッセージ事件」として広く話題化し、ブランドイメージを大きく傷つけた。
後に一瀬本人はメディアの取材に応じ、「お客様への感謝と現状を率直に伝えたかった」と説明したが、すでに既存店売上が急減していた状況での切実な訴えは、結果として顧客との距離をかえって広げる結果になった。ブランドの根幹である「客と店の信頼関係」が揺らいだ瞬間でもあった。
2019年12月期の決算では、不採算店舗の閉鎖と減損損失の計上が一気に進み、連結純損失は約171億円に達した。前期まで好調だった営業利益も大きく減少し、財務体力は急速に削られた。株価は最高値から10分の1以下に下落し、2018年に1部入りしたばかりだったペッパーフードサービスは、上場区分の見直し対象として注目されるようになった。
出典: 東洋経済オンライン「いきなり!ステーキ大量閉店の真相」 / ITmedia「いきなり!ステーキ「社長の手紙」が物議」(2019年) / 日経「ペッパーフード、最終赤字171億円」(2020年)
4. 大量閉店と業績悪化、ペッパーランチ売却(2020年)
2020年に入り、ペッパーフードサービスは抜本的な改革を迫られた。2月の発表では、不採算店として74店舗の閉店を打ち出し、構造改革を本格化させる方針を明らかにした。立ち食い業態の見直し、メニューの絞り込み、人員配置の最適化など、短期間で複数の手を同時に打つ必要があった。
そこに新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけた。2020年春以降、政府の緊急事態宣言や外出自粛要請により外食需要は急減した。特にビジネスマン中心の都心立地が多かったいきなり!ステーキは、テレワーク普及により昼の利用が激減。立ち食いという業態自体、感染防止の観点でも逆風となった。月次の既存店売上はさらに大きく落ち込み、閉店ペースは当初計画を上回って加速した。
資金繰りを確保するため、ペッパーフードサービスは2020年8月、看板業態の一つだった「ペッパーランチ」事業を、J-STARが運営する投資ファンド傘下のホップ(PLHD)に約85億円で売却すると発表した。ペッパーランチはコロナ禍でも比較的健全なフランチャイズ事業として残っていたが、本業のいきなり!ステーキを立て直すために、長年の柱を手放す決断を下した形だ。事実上、創業以来の主力資産を切り売りして危機を凌ぐ局面に追い込まれた。
その後も店舗整理は続き、いきなり!ステーキの店舗数はピーク時の約500店から、2020年代半ばには100店超まで縮小した。東証も区分見直しに動き、ペッパーフードサービスは1部から2部への降格、その後の市場区分再編で立ち位置を変えていった。株価はピーク時の数十分の一まで下落したまま長く低迷した。
創業者・一瀬邦夫は2020年に代表取締役の座を退き、息子の健作が経営の前面に立った。立て直しの方針として、立ち食いから着席型への完全移行、価格・メニューの見直し、グランドメニューのリニューアルなどが進められた。しかしブランドのピーク期に積み重なった「カニバリ」「社長メッセージ」「閉店ラッシュ」という負のイメージを覆すには、長い時間が必要となっている。
出典: 日経「ペッパーフード、ペッパーランチ事業を売却」(2020年) / 東洋経済オンライン「いきなり!ステーキ大量閉店の真相」 / ITmedia「ペッパーフード、74店閉店」(2020年)
5. 中小企業経営者が学べること——急拡大の罠
ペッパーフードサービスの事例は、急成長を成し遂げた中小企業がそのまま陥りやすい落とし穴を、ほぼすべて凝縮している。事業のスケールが違っても、本質的に同じパターンは、フランチャイズ展開、多店舗化、複数事業展開を目指す中小企業のあらゆる場面で再現される。
教訓1:店舗数(規模)を最重要KPIにすると、既存店の健康診断を見落とす
いきなり!ステーキは「年内に何店出すか」を経営の中心指標に据えた。出店数は計画通りに進んでいたが、その裏では既存店売上が二桁マイナスを続けていた。「店舗数の増加」と「店舗あたりの収益」は別物であり、両方を同時に追わなければ、規模の拡大が利益を伴わない事態が起きる。 中小チェーンでも、既存店前年比・客数・客単価・坪あたり売上といった指標を毎月モニターし、規模拡大が健全かをチェックする必要がある。
教訓2:「自社カニバリ」を経営の早期警戒指標として持つ
同一エリアへの集中出店は、市場全体が拡大している時期には新規顧客の取り込みにつながる。しかし市場が飽和に近づくと、自社店舗同士の客の食い合いが始まる。「新規出店で全体売上は伸びるが、既存店売上は落ちる」という状態は、カニバリの典型的なサインだ。新店を開ける前に、半径◯km・徒歩◯分以内の既存店への影響を試算する「出店影響度シミュレーション」を仕組みとして持っているかどうかが、急拡大期の生存率を左右する。
教訓3:ブランドの軸がブレ始めたら、急拡大は止める
立ち食いからの着席化、メニューの追加、ライス無料化など、業績悪化に対する施策が次々と打たれた結果、「いきなり!ステーキはどんな店か」という顧客側の認識が曖昧になった。本来のコンセプトに忠実な店舗を作るのが難しくなったとき、それは「拡大が限界に達したサイン」だ。コンセプトを薄めた状態で店舗を増やしても、ブランドの希少性は損なわれ、客足は戻らない。むしろ一度ペースを落とし、既存店のブランド体験を磨き直す方が長期的な体力につながる。
教訓4:危機時のコミュニケーションは、客への「お願い」より「変化の提示」を
2019年の社長メッセージ事件は、経営者の真摯な思いが裏目に出た典型例だ。客に「来店してください」と訴える前に、客が「もう一度来たい」と思える具体的な変化(メニュー刷新・価格改定・店舗体験の改善など)を提示する必要があった。苦しい時期ほど、感情的な訴えではなく事実ベースの「次の一手」を見せることが、ブランドの信頼回復につながる。 中小企業のオーナーが顧客にメッセージを発する際にも、同じ視点が必要だ。
教訓5:主力事業の売却は「最後のカード」ではなく「選択肢の一つ」として早めに検討する
ペッパーランチ事業の売却は、本業を救うための苦渋の選択だった。しかし売却タイミングが業績悪化の後半に集中すると、買い手主導の交渉になり評価額も下がりやすい。事業ポートフォリオを定期的に見直し、「どの事業を残し、どの事業を切り離すか」を平時から議論しておくことが、危機時の選択肢を広げる。複数事業を持つ中小企業ほど、事業売却・分社化を「敗北」ではなく「再投資の手段」と捉える視点が必要だ。
出典: 東洋経済オンライン「いきなり!ステーキ大量閉店の真相」 / ITmedia「いきなり!ステーキ「社長の手紙」が物議」(2019年)
6. 多店舗展開・業態転換に使える補助金
ペッパーフードサービスの失敗は、外食に限らず多店舗展開やフランチャイズ拡大を進める中小企業全般に通じる課題を含んでいる。国は、こうした拡大期・転換期の中小企業を支える補助金制度を複数用意している。
| 制度名 | 補助上限・内容 | 活用場面 |
|---|---|---|
| 新事業進出補助金 | 最大9,000万円(大幅賃上げ特例適用時) | 立ち食いから着席型への業態転換、新業態の立ち上げ |
| ものづくり補助金 | 最大1,250万円〜2,500万円(規模により異なる) | セントラルキッチン整備、調理機器の刷新、新メニュー開発 |
| IT導入補助金 | 最大450万円 | POS・予約・モバイルオーダー導入、多店舗管理システム構築 |
| 中小企業省力化投資補助金 | 最大1,500万円(カタログ注文型) | 配膳ロボット・自動調理機・セルフレジなどの省人化投資 |
| セーフティネット保証(4号・5号) | 融資枠の保証率引き上げ | 既存店売上急減期の運転資金・閉店費用・つなぎ融資の確保 |
いきなり!ステーキの事例に照らすと、特に重要なのは「新事業進出補助金」と「中小企業省力化投資補助金」だ。
新事業進出補助金(事業再構築補助金の後継的位置づけ)は、既存業態が市場の変化や競合の激化で行き詰まったときに、別の業態・サービスへ転換するための投資を支える制度だ。立ち食いから着席型への転換、店内飲食からテイクアウト・デリバリー比率の向上、屋号変更を伴う業態リブランドなど、ペッパーフードサービスが直面したような転換に活用できる。業績が悪化してからではなく、好調なうちに次の業態を仕込んでおくことが、急落期の選択肢を広げる。
中小企業省力化投資補助金は、配膳ロボット・自動調理機・セルフ会計といった省人化機器の導入を支援する制度だ。外食業界の慢性的な人手不足は今後も続く見込みで、立ち食い業態のような「人件費を抑えた高回転モデル」が成立する前提も変化していく。人件費高騰と人手不足のなかで、出店ペースを落としつつ既存店の収益力を上げるなら、省力化投資は避けて通れない。
急拡大期や業績悪化局面では、セーフティネット保証も資金繰りの命綱になる。外食業界のように景気・季節・感染症リスクの影響を受けやすい業種では、ペッパーフードサービスが直面したような既存店売上の急減局面で、認定を取って通常枠とは別枠の保証付き融資を確保しておくことが、閉店コストや再生投資の原資となる。業績悪化が顕在化してからでは申請も間に合わないため、平時から金融機関との関係を作っておくことが重要だ。
出典: 中小企業庁 事業再構築補助金 / 中小企業庁 ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金 / 中小企業庁 IT導入補助金
まとめ:いきなり!ステーキが教えてくれる「急拡大は計画通りに進むほど危ない」
- ペッパーフードサービスは2013年12月に「いきなり!ステーキ」を銀座1号店で立ち上げ、立ち食い・量り売りという独自業態で爆発的に成長
- 2017年に東証1部へ昇格、2019年初頭にピーク約500店まで拡大し、株価は8,000円台・時価総額1,000億円規模に到達
- 急拡大の裏で同一エリアへの集中出店によるカニバリゼーションが進み、既存店売上は2019年に二桁マイナスが常態化
- 2019年11月、店頭に貼られた社長メッセージがSNSで物議を醸し、ブランドイメージが大きく傷ついた
- 2019年12月期に純損失約171億円を計上、東証2部への降格、74店舗の大量閉店を実施
- 2020年8月、看板事業の一つだったペッパーランチ事業をJ-STAR運営のPLHDに約85億円で売却、いきなり!ステーキの店舗数はその後100店超まで縮小
- 教訓:店舗数KPIに偏らない・自社カニバリを早期警戒指標として持つ・ブランド軸がブレたら拡大を止める・危機時は事実ベースの次の一手を提示・主力事業売却は早めに検討
- 新事業進出補助金・省力化投資補助金・セーフティネット保証を活用し、財務が健全なうちに次の業態を仕込むことが重要
参考資料
・Wikipedia「いきなり!ステーキ」
・ペッパーフードサービス 公式「沿革」
・東洋経済オンライン「いきなり!ステーキ大量閉店の真相」
・ITmedia「いきなり!ステーキ「社長の手紙」が物議」(2019年)
・日本経済新聞「ペッパーフード、最終赤字171億円」(2020年)
・日本経済新聞「ペッパーフード、ペッパーランチ事業を売却」(2020年)
・ITmedia「ペッパーフード、74店閉店」(2020年)
・日本経済新聞「ペッパーフード、東証1部に指定替え」(2017年)
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