永守重信(ニデック/日本電産)|プレハブ小屋・4人で創業→70社買収すべて黒字化した「異常な情熱」
1973年7月22日の夜、京都市内の6畳間に4人の男が集まった。ろうそくに火が灯され、28歳の男が宣言した。「会社名は日本電産。永守電産でも京都電産でもない、日本を代表する世界企業になる」——翌朝、彼らが向かったのは桂川沿いのプレハブ小屋。9畳弱の粗末な作業場に、中古のプレス機と旋盤機が置かれているだけだった。あの夜から50年。日本電産は「ニデック」と名を変え、売上2兆3,000億円・従業員約10万人・世界47か国に300以上のグループ会社を抱える巨大企業となった。そして永守重信は70社を超える買収先を、例外なく黒字化させてきた。「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」——その言葉を自ら体現した男の軌跡を追う。
1. 京都・向日市の末っ子——職業訓練大学校を首席で卒業した「エリートではない秀才」
永守重信は1944年(昭和19年)8月28日、京都府乙訓郡向日町(現・向日市)で生まれた。6人兄弟の末っ子だ。家庭は裕福ではなく、甘やかされることなく厳しく育てられた。東大・京大という「エリートコース」とは無縁の少年時代だったが、永守には人一倍の負けず嫌いという火種があった。
1963年、京都市立洛陽工業高等学校を卒業。その後、1967年に職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)電気科を首席で卒業した。偏差値よりも手と頭で覚える実践的な工学の場で、永守は誰よりも真剣に取り組んだ。「能力の差は5倍でも、意識の差は100倍まで広がる」——後年に語るこの言葉は、自身の若い日々の体験から来ている。
卒業後は音響機器メーカーのティアック(TEAC)に入社し、精密機器の製造現場で腕を磨いた。その後、山科精器の取締役に就任。28歳を前にして、永守の頭に一つの確信が芽生えていた。「モーターこそが、産業の心臓部だ。精密小型モーターの世界で、日本一、いや世界一になれる」。
ティアックの持ち株を資本に充て、独立への準備が整いつつあった1973年、永守は3人の同志に声をかけた。全員が永守より年下で、多くを持たない若者たちだった。しかし彼らには情熱だけはあった。
2. 6畳間の決起——1973年7月、ろうそくの前で「世界一」を誓った夜
1973年7月22日の夜、永守は自宅の6畳間に後輩の小部、遠藤峰世、田辺道夫の3人を集めた。明かりはろうそく一本。質素な部屋で、永守は3つの精神を宣言した——「情熱・熱意・執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる」。そして決意を分かち合った4人は、翌朝、桂川のほとりのプレハブ小屋へと向かった。
「桂工場」と呼んだその場所は、京都市西京区に建てられた9畳弱の粗末な小屋だった。中古のプレス機と旋盤機、映写機用モーターと設計図——それが日本電産の全財産だった。現在も京都市南区の本社ビル1階にそのプレハブ小屋が移設・展示されている。「我々はここから始まったのだ」と社員に伝え続けるための「創業魂の証人」として。
会社名の選択にも永守の野望が滲んでいた。「永守電産」でも「京都電産」でもなく、「日本電産」——日本を代表する世界企業になるという宣言だ。資本金わずか数十万円、従業員4名、顧客なし。それでも永守は「世界一になる」と宣言した。稲盛和夫が27歳で部下8人を連れて京セラを創業した14年後、もう一人の京都発の偉大な経営者が産声を上げた瞬間だった。
最初の製品は精密小型ACモーターだった。ブラウン管テレビ、映写機、音響機器——高度経済成長期の日本では電子機器への需要が爆発していた。「断らない」を信条にあらゆる注文を受け、昼夜を問わず製造した。
(出典: 日本経済新聞「企業遺産 日本電産、創業魂伝える『プレハブ小屋』」、ニデック「永守重信創業記念館の設立について」)
3. 精密モーターで世界制覇——創業15年で上場、HDDスピンドルで80%シェアへ
創業から約15年、日本電産が勝負を賭けた市場が「ハードディスクドライブ(HDD)用スピンドルモーター」だった。1980年代に入るとパーソナルコンピューターの普及が始まり、HDDの需要が急増する。HDDの内部でディスクを高速回転させるスピンドルモーターは、品質と精度が命だった。
永守は「精密小型モーターこそ、我々の強みが最も発揮できる分野だ」と見抜き、開発・量産に全力を注いだ。競合より速く、静かで、省エネなスピンドルモーターを実現し、米国の大手HDD メーカーを次々と攻略していった。1988年(昭和63年)、創業15年にして大阪証券取引所市場第2部に上場。1998年9月には東証1部、2001年9月にはニューヨーク証券取引所にも上場を果たし、文字通り「日本を代表する世界企業」への道を歩み始めた。
その後も成長は止まらなかった。HDD用スピンドルモーターの世界シェアは80%超。光ディスクドライブ(DVD・ブルーレイ)用モーターは世界シェア60%、PCやサーバーの冷却ファンモーターは40%。「世界一を取れる製品しか作らない」という選択と集中が、あらゆる細分市場で絶対的な地位を確立した。
「世界一でなければ意味がない。二位以下は負けと同じだ」
-- 永守重信(経営方針の基本姿勢)
2023年、日本電産株式会社はグローバルブランドの「ニデック株式会社(NIDEC Corporation)」に社名を変更。同年度の連結売上高は2兆3,482億円、従業員数は約10万1,000人(2024年3月末)に達した。プレハブ小屋の4人が、半世紀でここまで来た。
(出典: ダイヤモンドオンライン「5分で分かる日本電産、急成長46年の軌跡と10兆円企業への試練」、ニデック株式会社「企業概要」)
4. 70社買収・例外なき黒字化——「赤字は罪悪」を叩き込む永守流M&Aの掟
日本電産をグローバル企業に押し上げたもう一つのエンジンが、M&Aだ。1980年代から始まった企業買収は、2016年時点で57件、2023年時点では累計70社を超えた。驚くべきはその成功率だ——すべての買収先を、ほぼ例外なく翌年度中に黒字化させてきた。
永守流M&Aの最大の特徴は「解雇ゼロ・ブランド存続」の原則だ。赤字企業を買収しても、社員を一人も切らない。買収先のブランドも消さない。従業員に安心感を与えながら、内部から変えていく。PMI(買収後統合)には自社から少数精鋭のマネジャーを派遣するが、統合が完了したら全員撤退させる。「支配」ではなく「自走」を目指す手法だ。
「赤字は罪悪である。赤字は社員の雇用を守れない。赤字は社会への貢献を果たせない」
-- 永守重信(M&A先企業への最初のメッセージ)
黒字化の手順は明快だ。まず「健全経営の指針」7項目を買収先全社員に共有し、「赤字は罪悪」という意識を植え付ける。次に徹底したコスト削減——ネジ一本の伝票に至るまでPMI担当者がチェックするよう指示する。目標は営業利益率15%。そこに達するまで、永守自身が直接関与を続ける。
2022年2月に買収完了した工作機械メーカーOKK(現・ニデックオーケーケー)は、不適切会計で経営不振に陥り4期連続最終赤字だった。永守は同社の経営に直接関与し、買収後わずか2四半期で最終黒字に浮上させた。赤字企業を買い、磨き、黒字にする——この「錬金術」を永守は70回以上繰り返してきた。
(出典: 日経ビジネス「ニデック永守流、M&Aと急成長の原点 『赤字は罪悪』で不振企業再建」、PS ONLINE「日本電産のM&A手法とは?数々の企業買収を経て黒字化へ」、日経XTECH「赤字から高収益に変貌の工作機械、さび付かない日本電産永守CEOの手腕」)
5. 「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる」——元日以外364日出社の経営哲学
永守の経営哲学の核心は三大精神にある——「情熱・熱意・執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる」。この3つを創業の夜にろうそくの前で宣言し、50年間一貫して実践し続けた。元日以外は毎日出社し、年間364日働くというスタイルは伝説となっている。
採用観もユニークだ。永守は東大・京大卒のエリートより、「問題学生」(留年・落第した学生)を好んで採用してきた。「能力の差は5倍でも、意識の差は100倍まで広がる」——優秀だが無気力な人材より、能力は平凡でも死にものぐるいで動く人材の方が、結果を出す。この信念は自身の職業訓練大学校卒という経歴への自負でもあり、実際の採用・人材育成で成果として証明されてきた。
「知的ハードワーキング」は単なる長時間労働ではない。頭を使いながら動く——何のためにやるのかを常に考え、効率と熱量を同時に高める働き方だ。永守は買収した会社でも「まず現場に行って、自分の目で見る」ことを徹底した。どれほど数字が悪くても、現場に行けば改善策は必ずある、という信念だ。
「仕事は量でなく、質で差がつく。しかし質は量なしには高まらない。まずやれ。やり続けろ。出来るまでやれ」
-- 永守重信(著書・講演より)
2025年12月、永守は不適切会計問題を背景にニデックの代表取締役を辞任し、名誉会長(非常勤)に就任した。その後2026年2月26日には名誉会長職も辞任し、ニデックから完全に退任した。約50年にわたる代表取締役としての歩みに幕が引かれた。しかしプレハブ小屋から始まった「情熱・熱意・執念」の哲学は、世界約10万人が受け継ぐ企業文化として生き続けている。
(出典: triedge「格言シリーズ:日本電産創業者 永守重信氏」、日経ビジネス「ニデック永守氏、突然の辞任 カリスマ経営者の栄光と挫折の軌跡を追う」)
6. 永守重信の軌跡から学ぶ教訓と、中小企業が活用できる補助金
「情熱・熱意・執念」という三大精神は、補助金申請においても強力な武器となる。補助金の採択審査は事業計画書の「なぜやるか」「どれだけ本気か」が問われる。ネジ一本まで原価を追う執念と、「赤字は罪悪」という信念の強さは、事業再構築補助金などの審査でまさに求められる「覚悟ある経営者像」そのものだ。
| 永守重信の経営判断 | 関連する補助金・支援制度 |
|---|---|
| プレハブ小屋・資本金わずかで精密小型ACモーターを試作・量産 | ものづくり補助金(試作品・革新的製品開発)・創業補助金 |
| HDDスピンドルモーターへの集中投資(電子機器市場への新規参入) | 事業再構築補助金(新分野展開)・ものづくり補助金 |
| 赤字企業買収後のPMI——ネジ一本まで原価管理・業務可視化 | IT導入補助金(業務管理・原価管理システム導入) |
| 「落ちこぼれ採用」と徹底した意識教育・人材育成 | 人材開発支援助成金・キャリアアップ助成金 |
| 解雇ゼロ原則でM&A先の全従業員の雇用を維持 | 雇用調整助成金・業務改善助成金 |
特に注目したいのが事業再構築補助金との親和性だ。永守が精密小型ACモーターから始まり、HDD、光ディスク、車載モーターへと事業ドメインを広げていった歴史は、「既存の技術・強みを活かしながら新分野へ踏み出す」という事業再構築補助金の根本的な趣旨と重なる。「なぜその市場に入るのか」「競合に対してどんな優位性があるか」——永守が世界一を取り続けた問いは、補助金の事業計画書で書くべき問いでもある。
また、永守の「ネジ一本まで原価管理」のアプローチは、IT導入補助金を活用した原価・在庫管理システムの導入と直結する。「数字で現場を見える化し、どこで利益が漏れているかを把握する」——永守が買収先に最初に求めることは、中小企業がDX化に取り組む際の出発点と同じだ。
(出典: 事業再構築補助金 公式サイト、ものづくり補助金総合サイト)
まとめ
永守重信は1973年、桂川沿いのプレハブ小屋で仲間3人とともに資本金わずかで日本電産を創業した。「すぐやる・必ずやる・出来るまでやる」という三大精神を50年間貫き、精密小型モーターという一点突破でHDD・光ディスク・車載と市場を広げ続けた。そして70社を超える買収先を、解雇ゼロ・ブランド存続の原則で、例外なく黒字化させてきた。
永守が証明したのは「能力より意識が勝る」という事実だ。職業訓練大学校卒の男が、東大・京大卒のエリートを束ねて世界一の会社を作った。それは能力の差ではなく、意識の圧倒的な差があったからだ。「情熱・熱意・執念」は才能の代わりになる——それが永守の一生をかけたメッセージだ。
プレハブ小屋から始まった志が世界2兆円企業を生んだように、あなたの事業への覚悟と情熱こそが、補助金という後押しを最大限に活かす源になる。
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詳しく見る →参考資料
- Wikipedia「永守重信」
- 日本経済新聞「企業遺産 日本電産、創業魂伝える『プレハブ小屋』」
- NIDECグループ50年の歩み「第1章 日本電産株式会社の設立(1973〜1977)」
- ニデック「永守重信創業記念館の設立について」
- ダイヤモンドオンライン「日本電産のM&Aが過去57件すべて大当たりした理由」
- ダイヤモンドオンライン「5分で分かる日本電産、急成長46年の軌跡と10兆円企業への試練」
- 日経ビジネス「ニデック永守流、M&Aと急成長の原点 『赤字は罪悪』で不振企業再建」
- PS ONLINE「日本電産のM&A手法とは?数々の企業買収を経て黒字化へ」
- 日経XTECH「赤字から高収益に変貌の工作機械、さび付かない日本電産永守CEOの手腕」
- triedge「格言シリーズ:日本電産創業者 永守重信氏」
- ニデック株式会社「企業概要」
- 日経ビジネス「ニデック永守氏、突然の辞任 カリスマ経営者の栄光と挫折の軌跡を追う」
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