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コラム:15ページ

12件の記事

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森稔(森ビル)|地権者400人・17年の交渉を貫いた「都市を変える」異常な情熱

2003年4月25日、東京・六本木に高さ238メートルの森タワーを中心とする巨大複合施設「六本木ヒルズ」が開業した。それまで幅4メートル弱の細い路地に木造家屋が密集し、「東京の恥部」とも呼ばれた地区が、年間4,000万人の来街者を集める都市へと変貌した瞬間だった。開業56日目には来街者1,000万人

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元谷外志雄(アパグループ)|27歳独立・3度の大危機を逆張りで制した「53期連続黒字」の不動産王

「あのとき東京の不動産を全部売っておかなければ、今のアパグループはなかった」——元谷外志雄(もとや としお)は1987年、日本全土が「地価は上がり続ける」という幻想に酔いしれていたまさにその瞬間、自社の東京・大阪の物件を一括売却してキャッシュを手元に引き寄せた。根拠は単純明快だった。「収益還元法」—

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大久保秀夫(フォーバル)|25歳で電電公社の牙城に法律の隙間から参入、自腹33億円で日本の通信を変えた情熱

「法律をよく読んだら、1回線1台だけ電電公社の電話を借りれば、あとは民間で売っていい」——その一文が大久保秀夫(おおくぼ ひでお)の人生を変えた。1980年、25歳。日本中の企業が電電公社から電話機を借り続けることを疑いもしない時代に、大久保は「これは何千万社もの企業を顧客にできるビジネスだ」と確信

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フィル・ナイト(NIKE)|24歳で神戸に直談判、会社名がギリギリまで決まらなかった創業者の情熱

1962年11月、スタンフォード大学でMBAを取得したばかりの24歳の青年が、日本・神戸のオニツカタイガー本社に突然現れた。アポイントはなかった。会議室に通されると、担当者から「どんな会社の代表ですか?」と問われた。その瞬間、青年は子どもの頃に寝室に飾っていた陸上大会の青いリボンを思い出し、とっさに

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ラルフ・ローレン(Polo)|「幅が広すぎる」と全断りされたタイを百貨店の一角で直売し完売させた創業者の情熱

1967年、ニューヨークのタイメーカーで働く28歳の若者が、バイヤーたちに向けてサンプルを広げた。当時のタイは細くシンプルなものが「常識」だった。彼が作ったのは幅広で色鮮やかな、業界の常識を無視した一品だった。バイヤーの答えは揃っていた——「幅が広すぎる。これは売れない」。どの百貨店も、どの小売店も

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レイ・クロック(マクドナルド)|52歳のミキサーセールスマンが「不動産業だ」と見抜いた日

1954年夏、ミルクシェイクミキサーのセールスマンは、1軒のハンバーガーショップが自分の売る機械を8台も注文したという奇妙な事実に気づいた。52歳。糖尿病と関節炎を抱え、売上が年々落ち込む中年のセールスマン——誰もが「人生の下り坂に入った」と見ていた。しかしその謎を解こうとカリフォルニアへ飛んだ一日

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住野敏郎(オートバックス)|米国視察で確信→社員全員反対を押し切り「カー用品専門店」という業態を日本に創出

1974年11月23日、大阪府大東市に小さな店舗が開業した。カーオーディオ、タイヤ、オイル、バッテリー、カー用品を1か所でまとめて買える——当時の日本に存在しなかった業態「カー用品専門店」の誕生である。開業前、社員は口を揃えて言った。「カー用品だけで店は成り立たない」。それでも住野敏郎(すみの とし

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坪内寿夫(来島どっく)|80社以上を蘇らせた「再建請負人」が昭和に刻んだ経営の修羅場

「少数にしたら精鋭になるんや」——坪内寿夫(つぼうち ひさお)がこの言葉を実行に移すとき、組織は震撼した。佐世保重工業の管理職460人を37人へ、230ある課を8つへ。就任からわずか4年で累積赤字200億円超を消滅させた男は、戦後の日本で倒産寸前の企業を80社以上立て直した「再建請負人」として昭和の

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白元|「ホッカイロ」を生んだ老舗日用品メーカーが押し込み販売と粉飾経理で民事再生に至った理由

1923年(大正12年)の創業から90年余り。「ホッカイロ」「ミセスロイド」「アイスノン」——日本の家庭に欠かせない日用品を生み出し続けた老舗メーカー・白元が、2014年5月29日、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。負債総額は255億円。創業家の相次ぐ経営判断の失敗と、内部深くまで蔓延した粉飾経

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日本ビクター(JVC)|VHS発明元がデジタル化に乗り遅れ、ケンウッドと統合するまで

「VHSといえば──」。その文字を聞いて、かつての週末のビデオレンタルを思い出す世代は少なくないだろう。ソニーのベータマックスを退け、全世界で9億台以上を普及させた映像フォーマットの覇者が、日本ビクター株式会社(JVC)だ。1991年3月期には連結売上高9,262億円を達成し、松下電器・ソニーと並ぶ

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パイオニア|時価総額1兆円の音響王者がプラズマの賭けとカーナビ凋落で消えるまで

「パイオニア」という社名は、英語で「開拓者」を意味する。1938年の創業以来、スピーカー、カーオーディオ、レーザーディスク、カーナビゲーションと、常に市場の最前線を切り拓いてきた企業の名にふさわしい歴史だった。1990年には時価総額が1兆円を超え、世界に名を轟かせた日本の音響・映像機器メーカーとして

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三洋電機|売上高2兆4,000億円の総合電機が「デジタル化の分散投資」で自滅した理由

「SANYOといえば──」。そのオレンジ色のロゴを記憶している世代は少なくないだろう。1947年の創業以来、洗濯機・充電池・デジタルカメラで世界市場を席巻し、ピーク時には連結売上高約2兆4,000億円、従業員10万人超を数えた総合電機メーカーが、2011年4月1日、パナソニックの完全子会社として法人