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経営者向け 失敗から学ぶ

ボーイング|737MAXのコスト削減優先が招いた2件の墜落事故と200億ドル超の損失(2019)

ボーイング|737MAXのコスト削減優先が招いた2件の墜落事故と200億ドル超の損失(2019)

2018年10月29日、ライオン航空610便。2019年3月10日、エチオピア航空302便。半年も経たないうちに、ボーイング737MAX 8型機が立て続けに墜落し、合わせて346名の命が失われた。事故原因は、新型エンジン搭載に伴って後付けされた失速防止装置「MCAS」の設計欠陥と、それをパイロットや航空当局に十分に知らせなかったボーイングの開示姿勢だった。2019年3月、世界中の航空当局が737MAXを運航停止とし、ボーイングは20か月にわたる飛行停止と引き渡し停止に追い込まれた。直接的な賠償・補償・生産停止コストだけで200億ドル超。「世界一安全な飛行機を作る」というボーイングのブランドは根底から揺らぎ、エアバスとの市場シェア争いでも後退を余儀なくされた。「コスト削減」と「開発期間短縮」を優先したエンジニアリング判断が、企業の存亡そのものを揺るがすことになった経緯を辿る。

ボーイングの全盛期と737シリーズの歴史

ボーイングは1916年、ウィリアム・ボーイングによってシアトルで創業された。第二次世界大戦のB-17・B-29爆撃機、戦後のジェット旅客機707の成功を経て、世界最大の航空機メーカーへと成長した。1968年初飛行のジャンボジェット747、1995年初飛行の777、2009年初飛行の787ドリームライナーと、民間航空機の歴史はボーイングの歴史でもあった。

そのなかで「737」は、短中距離向け単通路機として1967年に初飛行したベストセラー機だ。1980年代の737クラシック(300/400/500)、1990年代後半の737NG(600/700/800/900)と世代を重ね、累計生産機数は1万機を超える。世界の単通路旅客機の事実上の標準であり、LCC(格安航空会社)やレガシーキャリアの主力機として、運航効率と航空会社経済性を支える機種となった。

737の成功を支えたのは、「枯れた設計の進化的改良」というアプローチだった。1960年代後半に確立された基本設計を踏襲しつつ、エンジン・電子機器・空力を世代ごとに更新する。これにより、パイロットの追加訓練を最小化し、整備士・部品・運航マニュアルを共通化できる。「737を運航している航空会社にとって、次の737は限界費用で導入できる」——この経済的メリットが、737を世界の航空輸送の背骨にした。

2010年代初頭、ボーイングは民間航空機部門・防衛宇宙部門・サービス部門を擁する売上高1000億ドル超の超巨大企業として君臨していた。世界の旅客機市場ではエアバスと2社で寡占を形成し、新興国の航空需要拡大を背景に、未曾有の長期受注残(バックログ)を抱えていた。誰もが「ボーイングは盤石」と思っていた——しかし、その盤石さこそが、油断と判断ミスを生み出す土壌になっていた。

出典: Boeing 公式 Company History / Wikipedia ボーイング737 / Wikipedia ボーイング

エアバスA320neoへの対抗とMAXローンチ判断

2010年12月、エアバスは単通路機A320の改良型「A320neo(new engine option)」を発表した。最新の高バイパス比エンジン(CFM LEAPまたはPW1100G)に換装し、燃費を約15%改善するという内容だ。発表直後からA320neoには受注が殺到し、約半年で1000機を超える受注を獲得した。燃料費が運航コストの大きな割合を占める航空会社にとって、燃費15%改善は無視できない経済性向上だった。

追い詰められたのはボーイングだ。当初ボーイングは737の後継として「Yellowstone Project(Y1)」と呼ばれるまったく新しい単通路機の開発を構想していた。複合材を多用し、787の技術を応用したクリーンシート設計(白紙設計)の新型機だ。しかしY1の開発には10年以上の期間と100億ドル超の費用がかかる見込みだった。一方、A320neoは2015年から納入開始予定。10年も待っていれば、その間にエアバスに単通路機市場を奪われる。

2011年8月、米国の大口顧客アメリカン航空が「ボーイングとエアバスの両方から購入する」と発表し、A320neoを200機発注した。これは「737一筋」だったアメリカン航空がエアバス陣営に靡いた象徴的な出来事だった。同月、ボーイングは新型機開発を断念し、既存737NGに新エンジンを搭載した派生型「737MAX」のローンチを正式決定した。

737MAXの開発で最優先されたのは、「既存737との共通型式証明(Common Type Rating)を維持すること」だった。これにより、航空会社は737NGのパイロットを最小限の差分訓練だけで737MAXに移行できる——シミュレータ訓練不要、iPadの動画学習だけで十分、というのが当初のセールスポイントだった。ボーイングはサウスウエスト航空などの主要顧客に対し、「シミュレータ訓練が必要になれば1機あたり100万ドルを補償する」とまで約束していたとされる。共通型式証明の維持は、航空会社の追加訓練コストを抑え、737MAXの経済性を担保するための至上命題となった。

しかし、737MAXは設計上の難題を抱えていた。新型のCFM LEAP-1Bエンジンは737NGのCFM56よりも直径が大きい。1960年代の737は地上クリアランスが低い設計のため、大型エンジンをそのまま下に吊るすと地面に干渉する。ボーイングはエンジンを従来より前方かつ高い位置に取り付けることで対処した。だがこの取り付け位置の変更は、特定の飛行領域で機首上げモーメント(ピッチアップ傾向)を生じさせ、737NGとは異なる操縦特性を持たせる結果になった。

共通型式証明を維持するには、737MAXのパイロットに「737NGと同じように操縦できる」と感じさせる必要があった。そこで導入されたのが、ソフトウェアで自動的に機首を下げる失速防止装置「MCAS(Maneuvering Characteristics Augmentation System)」だ。MCASはハードウェアの設計問題を、ソフトウェアの自動介入で覆い隠す解決策だった。

出典: Reuters Boeing 737 MAX のローンチ経緯 / The Air Current Stan Sorscher による737MAX解説 / FAA Boeing 737 MAX Return to Service

MCAS設計とFAA認証プロセスの問題

MCASは、機体の迎え角(AOA:Angle of Attack)センサーの値を読み取り、迎え角が大きくなりすぎたと判断すると、水平尾翼の操舵を自動的に変更して機首を下げるシステムだ。設計上の問題は複数あったが、特に致命的だったのは以下の点である。

第一に、MCASは2つあるAOAセンサーのうち、片方のセンサーの値だけを参照していた。センサーが故障して異常値を出力した場合、MCASはその誤った値を信じて機首下げ操作を繰り返す。冗長性(二重化)の確保は航空機の安全設計の基本だが、それが守られていなかった。エアバスのA320系では、AOAセンサーは3つあり、多数決方式で誤データを排除する仕組みになっている。

第二に、MCASの介入権限が当初の設計から大幅に拡大されていたにもかかわらず、その変更が認証当局に十分に伝わっていなかった。当初設計ではMCASは1回あたり水平尾翼を0.6度動かす程度だったが、最終仕様では1回あたり2.5度・10秒ごとに繰り返し作動する権限に拡大されていた。これでは、誤作動した場合にパイロットが機首上げ操作で対抗するのが極めて困難になる。

第三に、MCASの存在自体が、737MAXのパイロット向け運航マニュアルから事実上削除されていた。パイロットはMCASというシステムが背後で動いていることを知らされず、誤作動時の対応訓練も受けていなかった。これは「737NGと同じように飛ばせる」と航空会社に約束した共通型式証明の維持を優先した結果だった。

これらの問題が見過ごされた背景には、FAA(米連邦航空局)の認証プロセスの仕組みも影響していた。FAAは予算・人員の制約から、認証作業の多くをメーカー自身に委任する「Organization Designation Authorization(ODA)」制度を採用していた。つまりボーイング社員が、ボーイング製品の安全性をFAAの代理として審査する構造だ。米下院運輸・インフラ委員会の調査報告書(2020年9月)は、この自己認証システムが「ボーイングのコスト・スケジュール優先の文化」と結びついて重大なリスクを見落とした、と指摘している。

ボーイング社内の内部メッセージも、後の議会調査で公表された。社員同士のチャットでは「この飛行機はピエロが設計し、サルが監督している」「あの飛行機に家族を乗せたくない」といった極めて批判的なコメントが交わされていたことが明らかになった。コスト削減と納期厳守を優先する企業文化が、現場の懸念を黙殺していたことを示している。

2017年3月、FAAは737MAX 8型機の型式証明を交付。同年5月、ボーイングは初号機をマレーシアのマリンドエアに引き渡した。共通型式証明はそのまま維持され、パイロットはiPadでの差分訓練のみで737MAXを操縦できるとされた。737MAXは発売直後から大量受注を獲得し、ボーイング史上もっとも売れた機種の一つとなった——その販売スピードと引き換えに、設計上の地雷も世界中の空に拡散していた。

出典: House Committee on Transportation and Infrastructure 最終調査報告(2020年) / NTSB 安全勧告 737MAX 関連 / The New York Times Boeing 内部メッセージの暴露

ライオン航空610便・エチオピア航空302便墜落

2018年10月29日午前6時20分、インドネシアのジャカルタを離陸したライオン航空610便(737MAX 8)は、離陸から13分後、ジャワ海に墜落した。乗員・乗客189名全員が死亡した。事故調査は、左側AOAセンサーが約20度の誤った値を出力したことから始まり、MCASが繰り返し機首下げ操作を行ったことを明らかにした。パイロットは原因不明の機首下げと格闘し、機体姿勢を回復しようとしたが、MCASは10秒ごとに作動を繰り返し、最終的に制御を失った。

事故後、ボーイングは航空各社に対して「AOAセンサーの誤動作時の対応手順」をブリテンで通達した。しかし、MCASの存在や、その挙動の詳細についての説明は限定的だった。「既存の安定性増大装置(Stab Trim Runaway)の手順で対処できる」というのが基本的な説明だった。当時、ボーイングは「737MAXは安全である」「ライオン航空610便の事故はパイロットエラーと整備不良に起因する」とのスタンスを取り続けた。

2019年3月10日、エチオピア航空302便(737MAX 8)が、首都アディスアベバを離陸後6分で墜落した。乗員・乗客157名全員が死亡。離陸からわずかな時間で同型機が再び墜落したことは、世界中の航空当局と航空業界に衝撃を与えた。事故原因は再びAOAセンサーの誤値とMCASの誤作動だった。パイロットはライオン航空事故後に通達された手順を試みたが、MCASの挙動を完全に制御することはできなかった。

事故から3日以内に、中国・欧州・カナダなど各国が737MAX全機の運航停止に踏み切った。米国FAAは当初「機体は安全」と運航継続を支持していたが、衛星追跡データなどから2つの事故の類似性が浮かび上がると、3月13日に米国も運航停止を決定した。世界中で運航中の約387機の737MAXが、一斉に飛行を停止した。さらに、納入待ちで生産済みの機体や、生産ラインの機体も全て引き渡し不能となった。

運航停止は当初「数週間で解決する」と予測されたが、MCASの設計修正、二重センサー対応、パイロット訓練要件の見直し、ソフトウェア再認証など、是正作業は予想を大幅に上回る時間を要した。FAAが運航停止解除を承認したのは2020年11月18日。実に20か月にわたる飛行停止となった。

出典: KNKT インドネシア国家運輸安全委員会 ライオン航空610便最終報告書 / Ethiopian Civil Aviation Authority エチオピア航空302便最終報告書 / BBC News Boeing 737 MAX 運航停止に関する報道 / FAA Boeing 737 MAX Ungrounding Decision

運航停止・累計200億ドル超損失・現在も続く品質危機

737MAXの運航停止と引き渡し停止は、ボーイングの財務に直接的な打撃を与えた。航空会社への補償、生産ラインの停止・再開コスト、訴訟費用、認証取得のための追加開発費——あらゆる費目で巨額の特別損失が発生した。

2019年10月の四半期決算で、ボーイングは737MAX関連で累計約95億ドルの追加費用を計上。2020年通期では、新型コロナウイルスによる航空需要崩壊も重なり、年間赤字額は119億ドルに達した。737MAX関連だけで見ると、運航停止解除時点(2020年末)でボーイングは累計200億ドル超の関連コストを計上したとされる。これには航空会社への補償金、生産停止コスト、訴訟和解金、認証費用などが含まれる。

2021年1月、ボーイングは米司法省と25億ドルの和解に合意した。内訳は航空会社への補償金17.7億ドル、犠牲者遺族への補償基金5億ドル、刑事罰金2.4億ドル。「証券詐欺の共謀」の容疑に対する司法取引(DPA:訴追延期合意)だった。さらにエチオピア航空302便事故の遺族との民事訴訟は2023年まで続き、追加の和解金が支払われた。

市場シェアでも痛手は大きかった。エアバスは737MAX運航停止期間中にA320neoファミリーの受注を伸ばし、2019年以降は単通路機市場で受注・納入ともにボーイングを上回り続けた。2023年時点で、A320neoファミリーの累計受注はボーイング737MAXを大きく引き離している。「世界最大の航空機メーカー」のタイトルは、エアバスに渡ったと評価されることが増えた。

さらに2024年1月、アラスカ航空1282便(737MAX 9)が飛行中に非常脱出口プラグ(ドアプラグ)が脱落する重大インシデントを起こした。原因はボーイングの製造工程で、固定ボルトが取り付けられないまま組み立てが完了していたことだった。これにより737MAX 9も一時運航停止となり、ボーイングの品質管理体制への信頼はさらに揺らいだ。司法省はDPAの違反を理由にボーイングを再提訴し、2024年7月にボーイングは「証券詐欺の共謀」について有罪を認める司法取引に合意した。

2024年9月にはストライキ、同年10月には17,000人規模の人員削減発表、2024年通期では再び100億ドル超の赤字が予想されるなど、ボーイングの経営危機は2026年現在も継続している。737MAXの問題は単なる「2019年の事故」ではなく、企業文化と経営姿勢を起点とする長期的な信頼失墜の連鎖として、いまも続いている。

出典: U.S. Department of Justice Boeing と25億ドル和解(2021年1月) / Reuters Boeing 737 MAX 累計コスト 200億ドル超 / NTSB Alaska Airlines Flight 1282 Door Plug Investigation / WSJ Boeing 2024年 司法取引で有罪認める

まとめ:ボーイング737MAXが教える「コスト削減と品質のバランス」

  • ボーイングはエアバスA320neoへの対抗を急ぎ、新型機Y1の白紙設計を断念して既存737の派生型「737MAX」を2011年にローンチ
  • 共通型式証明の維持を最優先し、新エンジン搭載に伴う操縦特性の変化をソフトウェア「MCAS」で覆い隠す設計判断を行った
  • MCASは単一センサー依存・介入権限の拡大・マニュアル非記載という3重の設計欠陥を抱えたまま2017年にFAA認証を取得
  • 2018年10月ライオン航空610便、2019年3月エチオピア航空302便が立て続けに墜落し合計346名が死亡
  • 2019年3月から20か月にわたる全世界運航停止、累計コストは200億ドル超、米司法省と25億ドル和解
  • 市場シェアでエアバスに逆転され、2024年のアラスカ航空ドアプラグ脱落事故で品質危機が再燃。経営危機は現在も継続中

参考資料
・House Committee on Transportation and Infrastructure「Final Committee Report - The Design, Development & Certification of the Boeing 737 MAX」(2020年9月)
・U.S. Department of Justice「Boeing Charged with 737 Max Fraud Conspiracy and Agrees to Pay over $2.5 Billion」(2021年1月)
・KNKT インドネシア国家運輸安全委員会「Aircraft Accident Investigation Report Lion Air JT610」
・Ethiopian Civil Aviation Authority「Aircraft Accident Investigation Final Report Ethiopian Airlines ET302」
・The New York Times「Boeing Employees Mocked F.A.A. and 'Clowns' Who Designed 737 Max」(2020年)
・FAA「Boeing 737 MAX Updates - Return to Service」
・BBC News「Boeing 737 Max: What's happened after the two deadly crashes」
・Wikipedia「ボーイング737 MAX」

この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

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