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創業ストーリー 経営者向け

ノーラン・ブッシュネル|コイン受けが溢れて「故障」と言われたゲーム機がAtariを生んだ

ノーラン・ブッシュネル|コイン受けが溢れて「故障」と言われたゲーム機がAtariを生んだ - コラム - 補助金さがすAI

1972年9月、カリフォルニア州サニーベールのバー「アンディ・キャップス・タバーン」に、1台の試作ゲーム機が設置されました。コイン受けは、牛乳パックのプラスチック容器を逆さにしただけの簡素なもの。数日後、バーのオーナーから電話がかかってきます。「おたくの機械、故障したよ」。エンジニアのアル・アルコーンが駆けつけると、機械は壊れていませんでした。コイン受けが25セント硬貨で溢れ返り、詰まって動かなくなっていたのです。床には硬貨が散らばっていました。この瞬間、ビデオゲーム産業が誕生しました。

1. 遊園地のアルバイト少年——「人はゲームに夢中になる」という原体験

ノーラン・ブッシュネルは1943年2月5日、ユタ州クリアフィールドでモルモン教徒の家庭に生まれました。父はセメント工事の請負業者。しかしノーランが15歳のとき、父が亡くなります。少年は父が残した未完了の工事契約を引き継ぎ、自ら現場を仕切って完了させました。これが彼の最初の「ビジネス経験」でした。

ユタ大学で電気工学を学ぶかたわら、19歳からラグーン遊園地でアルバイトを始めます。2シーズン目にはゲームセクションのマネージャーに昇格。ここでブッシュネルは決定的な気づきを得ました。

人がどれほどゲームに夢中になるかを、目の前で毎日見ていた。お客さんは列に並んでまで遊びたがった。あの光景が、Atariの原点です」

同じ頃、大学のコンピュータ室には「Spacewar!」というゲームがありました。PDP-1という巨大なコンピュータでしか動かないプログラムです。ブッシュネルはこのゲームに取り憑かれ、夜中に工学部棟のドアの鍵穴に紙を詰めてロックできないようにし、深夜に忍び込んでSpacewar!を遊び続けました。

遊園地で見た「ゲームに熱狂する人々」と、大学で体験した「コンピュータゲームの面白さ」。この2つが結びつき、ブッシュネルの頭の中に1つのアイデアが生まれます。「コンピュータのゲームを、コインで遊べるアーケード機にすればいい」

(出典: Wikipedia「Nolan Bushnell」Computer History Museum「Video Games」

2. 500ドルずつの創業——Atari誕生とPongの試作

1968年12月にユタ大学を卒業したブッシュネルは、エンジニアとしてアンペックス社に就職します。しかし頭の中にはずっと「コイン式コンピュータゲーム」のアイデアがありました。

1971年、同僚のテッド・ダブニーと共にシジジー・エンジニアリングを設立。Spacewar!をアーケードゲームに翻案した「コンピュータ・スペース」を開発します。これは世界初の商用アーケードゲームでした。ナッティング・アソシエーツが1,500台を製造しましたが、操作が複雑すぎて一般客には難しく、商業的には期待ほどの成功にはなりませんでした。

しかしブッシュネルは諦めませんでした。1972年6月27日、ブッシュネルとダブニーはそれぞれ500ドルずつ、合計わずか1,000ドルを出資して新会社を設立します。社名は囲碁用語の「Atari(アタリ)」——相手の石を取れる状態を意味する言葉です。

最初に雇ったエンジニアの一人がアル・アルコーンでした。ブッシュネルはアルコーンに、練習課題としてシンプルな卓球ゲームの制作を指示します。「ボールが跳ね返るだけの単純なゲームを作ってみろ」。このとき、ブッシュネル自身も製品化するつもりはありませんでした。アルコーンの腕試しのためのただの練習だったのです。

(出典: Wikipedia「Atari, Inc.」Wikipedia「Computer Space」

3. 「故障です」——コイン受けが溢れた夜

アルコーンが作った練習課題のゲームは、予想以上に面白いものになりました。画面上の白い棒(パドル)を操作してボールを打ち返すだけ。ルールは誰でも一瞬で理解できます。オフィスで試しに遊んでみると、社員が仕事を忘れて熱中しました。

ブッシュネルはこのゲームに「Pong」と名付け、本当に客が金を払って遊ぶかテストすることにしました。1972年9月、サニーベールのアンディ・キャップス・タバーンというバーに試作機を設置します。コイン受けは正式な部品ではなく、牛乳パックのプラスチック容器を逆さにしたもの(パン焼き型だったという説もあります)でした。

設置から数日後、バーのオーナーから電話がかかってきました。「おたくのゲーム機、動かなくなった」

アルコーンが修理に駆けつけると、機械は壊れていませんでした。コイン受けが25セント硬貨で完全に詰まり、これ以上コインを入れられなくなっていたのです。アルコーンは床に散らばった硬貨を両手ですくい上げました

通常のアーケード機の売上は1日約10ドル。Pongは1日40ドル——4倍の売上を叩き出していました。「練習課題」として作ったゲームが、ビデオゲーム産業を生み出す歴史的製品になった瞬間です。

ブッシュネルはすぐにPongの量産を決定。1972年末から生産を開始し、最初の1年で8,000台以上を出荷しました。Atariの年間売上は急成長し、ビデオゲームという全く新しい産業が誕生したのです。

(出典: Wikipedia「Pong」Computer History Museum「Pong」

4. スティーブ・ジョブズを時給5ドルで雇った男

1974年、Atariのオフィスにサンダル履きの若者が現れ、「雇ってくれるまで帰らない」と言い張りました。当時19歳のスティーブ・ジョブズです。ブッシュネルは彼を時給5ドル、従業員番号40番として採用しました。

ジョブズはAtariで回路設計の仕事をしていましたが、体臭がひどく同僚から苦情が出たため、夜勤シフトに回されたというエピソードが残っています。のちにジョブズは友人のスティーブ・ウォズニアックと共にAppleコンピュータを構想し、ブッシュネルに5万ドルの出資を持ちかけました。

ブッシュネルはこの申し出を断りました。のちに彼はこう振り返っています。「人生で最も愚かな判断だった」。もし5万ドルを投じていれば、Appleの株式の3分の1を手にしていた計算です。

1976年11月、ブッシュネルはAtariをワーナー・コミュニケーションズに2,800万ドルで売却しました。ブッシュネル個人の取り分は1,500万ドル。創業時の出資500ドルが、わずか4年で1,500万ドル——3万倍のリターンです。

しかし「ゲームと食事とエンターテインメントの融合」という次のアイデアに取り憑かれたブッシュネルは、1977年にチャッキー・チーズ・ピザタイム・シアターを創業します。ゲームセンターとピザレストランを組み合わせた斬新なコンセプトは当初成功しましたが、1983年に5,800万ドルの赤字を計上し、1984年にチャプター11(連邦破産法第11条)を申請することになりました。

(出典: Wikipedia「Nolan Bushnell」Wikipedia「Chuck E. Cheese」

5. 中小企業経営者が学べること

  • 「練習」や「実験」を軽視するな — Pongはアルコーンへの練習課題として生まれました。本命ではなかったものが最大のヒットになることは、ビジネスの世界では珍しくありません。小さな実験を多く回し、市場の反応を見る姿勢が重要です
  • 市場テストは机上の空論より1台の実機 — ブッシュネルはPongの可能性をバーに1台置いて確認しました。事業計画書を何十ページ書くより、最小限の製品を実際の顧客に触らせる方が、はるかに確実な判断材料を得られます
  • 「故障」は成功のサインかもしれない — コイン受けの詰まりは、見方を変えれば需要の爆発でした。クレームや想定外のトラブルの中に、大きなビジネスチャンスが隠れていることがあります
  • 成功の次の事業が最大のリスク — Atariで巨額を手にしたブッシュネルは、チャッキー・チーズで破産申請に至りました。一度の成功体験が判断を鈍らせることがあります。新規事業には、過去の成功とは別の冷静な検証が必要です

6. 創業・エンタメ事業に使える補助金

小規模事業者持続化補助金

補助上限額 最大250万円
活用例 ゲーム・エンタメ事業の販路開拓、広告宣伝費、店舗改装費

IT導入補助金

補助上限額 最大450万円
活用例 デジタルコンテンツ制作ツール、顧客管理・予約システムの導入

ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金

補助上限額 最大1,250万円(グローバル枠: 最大3,000万円)
活用例 新製品開発、エンターテインメント分野の設備投資

まとめ

ノーラン・ブッシュネルは、遊園地のアルバイトで「人はゲームに夢中になる」と知り、大学では夜中に忍び込んでまでコンピュータゲームを遊び、500ドルの出資でAtariを創業しました。エンジニアへの「練習課題」として生まれたPongは、バーのコイン受けを溢れさせ、ビデオゲーム産業を誕生させました。

ブッシュネルの物語が教えてくれるのは、「本命ではないもの」にこそ最大のチャンスが潜むということです。練習のつもりで作ったゲーム、故障だと思ったクレーム、その中に市場からの強烈なシグナルがありました。あなたの事業で「想定外の反応」が起きたとき、それは失敗ではなく、次の爆発的成長への入口かもしれません。

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この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

X-HACK Inc. 代表取締役。システムコンサルタントとして中小企業の基幹システム構築・業務設計に携わったのち、自ら起業。小規模ビジネスの立ち上げから黒字化までを複数回経験し、採用・資金調達・補助金申請の実務にも精通。「補助金さがすAI」の開発・運営を通じて、経営者が本当に必要とする情報を現場目線で発信しています。

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