BlackBerry|世界シェア20%・米国43%を握ったスマホ先駆者がiPhoneに完敗するまで
2007年1月、Macworld Expoでスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表したとき、カナダ・ウォータールー本社のBlackBerry(当時Research In Motion、以下RIM)経営陣の反応は冷ややかだった。「物理キーボードがなければビジネスユーザーは使わない」——。当時BlackBerryは米国の議員・経営者・弁護士の必携端末であり、利用者が手放せなくなる中毒性から「CrackBerry」と揶揄されるほどのブランド力を誇っていた。2010年には世界スマホシェア20%超、米国市場で43%を握り、加入者数は8000万人を超えた。それから6年後の2016年9月、BlackBerryは自社製スマートフォンの設計・製造から撤退する。先駆者の没落は、現代の経営者に「圧倒的な強みこそが盲点になる」という残酷な真理を突きつけている。
1. BlackBerryの黄金時代——CrackBerry中毒と「セキュアな業務スマホ」の代名詞
BlackBerryの源流は1984年カナダ・オンタリオ州ウォータールー設立のResearch In Motion(RIM)にある。創業者のマイク・ラザリディスはギリシャ系移民の技術者で、無線データ通信に魅せられて学生時代に起業。共同CEOのジム・バルシリーが経営・販売を担い、技術のラザリディスとビジネスのバルシリーという「二頭体制」がRIMの躍進を支えた。
1999年、RIMは双方向ポケットベル端末「BlackBerry 850」を発売。物理QWERTYキーボードを備え、外出先からメールを送受信できる初の「モバイル業務端末」として、米国の弁護士・金融マン・経営者の間で爆発的に普及した。2002年の「BlackBerry 5810」では音声通話機能も搭載され、ビジネス向けスマートフォンの元祖となった。
BlackBerryの強さは3点に集約された。第一に物理QWERTYキーボードによる高速メール入力。第二にBlackBerry Enterprise Server(BES)——企業メールサーバーと端末を暗号化通信で直接結ぶ独自プロトコルによるほぼ遅延ゼロのPushメール。第三に堅牢なセキュリティ——米国政府機関・大手金融機関・法律事務所が採用できる水準で、オバマ大統領が就任後も愛用した端末としても有名だ。
BlackBerryへの依存度は、社会現象として「CrackBerry(クラックベリー)」と呼ばれるほどだった。 「Crack(コカイン)」のように手放せなくなる中毒性を揶揄した造語で、2006年にはWebster's New World Collegeの「年間ワード」に選出された。会議中もテーブル下で親指を動かし続ける経営者、休暇中も返信を止められない弁護士——この光景は当時の米国ビジネスの象徴であり、BlackBerryのブランド価値そのものだった。
2010年、世界のスマートフォン市場でBlackBerryのシェアは20%超に達し、米国市場では43%を握った。加入者数は同年に4100万人を突破し、ピーク時には8000万人を超えた。RIMの年間売上高は2011年度(2011年2月期)に約199億ドルに達し、株価は2008年6月に上場来高値の148.13ドルを記録。ウォータールーの一企業が、Nokia・Apple・Samsungと並ぶ世界の通信機器ビッグプレイヤーへと駆け上がった瞬間だった。
出典: Wikipedia BlackBerry Limited / CBC News "The rise and fall of BlackBerry" / Merriam-Webster New Words "crackberry"
2. iPhone登場(2007年)——「キーボードがないと売れない」という致命的な過小評価
2007年1月9日、サンフランシスコのMacworld Expoでスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表。物理ボタンをほぼ排し、3.5インチのマルチタッチディスプレイ全面で操作する設計は、業界の常識を覆す提案だった。同年6月29日にAT&T独占で発売されたiPhoneは年内に約140万台を売り上げた。
このとき、BlackBerryトップのラザリディスとバルシリーの反応は、後に何度も引用される伝説となった。「タッチパネルでメールは打てない。バッテリーは1日持たない。3Gにも対応していない。これはわれわれのビジネス顧客には響かない」——。実際、初代iPhoneは2G(EDGE)のみで、メール・Web閲覧の速度はBlackBerryのPushメールに比べて遅かった。「ビジネスユーザーから見れば未完成のおもちゃ」——その評価は当時の合理性で言えば必ずしも誤りではなかった。
しかし、ラザリディスとバルシリーが見落としていたのは「ビジネス端末という前提条件そのものが消える」という変化だった。 iPhoneが本当に狙っていたのは、メールと電話に特化した「業務端末」ではなく、音楽プレーヤー・カメラ・Webブラウザ・ゲーム機を統合した「ポケットに入る汎用コンピューター」だった。2008年7月のApp Store開設で、その本質が露わになる。BlackBerryが守ろうとした「ビジネスユース」の城壁の外側で、まったく別のゲームが始まっていた。
2008年10月、初代Android端末「HTC Dream(T-Mobile G1)」が発売。Googleが主導するオープンプラットフォーム陣営は、Samsung・HTC・LG・Motorolaなど多数のメーカーを巻き込み、急速にエコシステムを拡大した。iPhoneとAndroidは「コンシューマーから業務利用まで一気通貫で取り込める汎用OS」という土俵を作り上げていった。
クリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」は、まさにこの状況を予言していた。BlackBerryの顧客——CIO、法務責任者、金融機関のIT担当者——が求めたのは「より堅牢なセキュリティ」「より高速なPushメール」だった。それらを愚直に磨くほど、「タッチ画面とアプリで遊べる端末」を求める新しい顧客層を見落とすことになった。
出典: The Verge "The inside story of how the iPhone crippled BlackBerry" / Bloomberg "Inside the Fall of BlackBerry: How the Smartphone Inventor Lost Its Way" / Wikipedia Research In Motion
3. タッチ対応の遅れとBlackBerry Stormの惨敗(2008〜2010年)
iPhone登場の衝撃を受け、RIMもタッチパネル対応に踏み切った。2008年11月、米Verizon Wirelessと連携して投入されたのが「BlackBerry Storm(9530)」。画面全体が物理的に「クリックできる」SurePressと呼ばれる独自タッチ技術を採用し、物理キーボード愛好家への配慮を試みた。
結果は惨敗だった。SurePressは「タッチして打つ」という直感的なリズムを阻害し、ユーザーからは「重い」「反応が悪い」「メールが打ちにくい」と酷評された。当時のVerizon幹部はバルシリーに「Stormはひどい製品だ。100万台のうち100万台すべてが返品・交換されている」と告げたという逸話が、後に書籍『Losing the Signal』で明らかにされている。
StormがUI品質で躓いている間に、AppleとAndroid陣営は2〜3世代分の改良を重ねた。 2010年6月に発売されたiPhone 4は高解像度のRetinaディスプレイとビデオ通話(FaceTime)を搭載し、コンシューマー製品としての完成度を圧倒的に高めた。同年Androidも2.2 Froyoでマルチタッチ・テザリング・Flash対応を実現し、ハイエンド機がiPhoneと並ぶ性能に到達した。BlackBerryが「物理キーボードと小型ディスプレイ」のフォームファクターに固執するほど、市場の重心はタッチ・大画面・アプリへと急速に移動していった。
2011年4月、RIMはタブレット市場参入のために「BlackBerry PlayBook」を発売。発売時点でメール・カレンダー・連絡先アプリを内蔵せず、BlackBerry端末とのテザリング前提という奇妙な設計で、批評家から「未完成品」と切り捨てられた。同年9月期決算で売れ残り在庫について4.85億ドルの評価損を計上し、タブレット挽回も失敗に終わった。
出典: The Globe and Mail "Losing the Signal" book review / Wikipedia BlackBerry Storm / Reuters "RIM takes $485 million PlayBook write-down"
4. BlackBerry 10の失敗と2016年スマホ事業撤退、ソフトウェア企業への転身
2012年1月、共同CEOのラザリディスとバルシリーが揃って退任。後任のソルステン・ハインズは、社運を懸けて全面刷新した新OS「BlackBerry 10」と新世代端末「Z10(フルタッチ)」「Q10(QWERTY搭載)」の開発を加速させ、社名も2013年に「Research In Motion」から「BlackBerry Limited」へ変更した。
2013年1月30日、ニューヨークでBlackBerry 10と新端末がお披露目された。OS自体はQNX(後述)ベースで完成度が高く、メディアからは「想像以上に良い製品」と評価された。しかし市場の反応は冷たく、2013年9月、BlackBerryは未販売端末の在庫について9.34億ドル(約900億円)の評価損を計上。同四半期の純損失は約9.65億ドル、4500人の追加人員削減を発表した。同時期に身売り交渉も難航し、カナダのフェアファックス・フィナンシャルによる47億ドルの買収提案は破談。代わって新CEOにジョン・チェン(元Sybase CEO)が就任し、ソフトウェア・サービスへ舵を切る方針を打ち出した。
2016年9月28日、BlackBerryは自社設計・製造のスマートフォンから完全撤退すると正式発表した。 以後のBlackBerryブランド端末は、中国のTCL Communicationにブランドライセンスを供与し、TCLが設計・製造・販売する形に変わった。ピーク時に世界シェア20%超を握った企業が、自らハードウェアを作ることをやめた瞬間だった。世界スマホ市場におけるBlackBerry OSのシェアは、2016年第4四半期時点で0.0%と集計され、事実上ゼロとなった。
とはいえBlackBerryは消滅したわけではない。チェンCEOのもとで、QNX(自動車向けリアルタイムOS)とBlackBerry UEM(エンドポイント管理・モバイルセキュリティ)を軸とするサイバーセキュリティ・IoTソフトウェア企業へと業態転換を遂げた。QNXは2024年時点で世界の自動車2.55億台以上に搭載され、自動運転・コネクテッドカー時代の基盤OSの座を確立している。スマホメーカーとしては敗れたが、別の領域で「もう一度生き残る道」を切り開いた点は転換成功例として評価できる。
出典: Reuters "BlackBerry exits smartphone business" (2016) / BBC News "BlackBerry stops designing its own phones" / BlackBerry QNX 公式 "In Cars" / IDC Smartphone OS Market Share 2016Q4
5. 中小企業経営者が学べること——B2B市場の「岩盤需要」という幻想
BlackBerryの失敗は、技術力や資金力の不足ではなく、「市場で勝っているがゆえに見えなくなる現実」が引き起こした。中小企業の経営者にとって、規模は違えど同じパターンに陥るリスクは決して低くない。
教訓1:B2B顧客の「岩盤需要」を過信しない
BlackBerryは「政府機関と大手金融が手放すわけがない」というB2B顧客への信頼に頼りすぎた。しかし、社員が私物として持つスマホ(BYOD:Bring Your Own Device)が普及した瞬間に、IT部門の選定権は無力化した。 役員が「自分のiPhoneで業務メールを読みたい」と言えば、CIOはセキュリティポリシーを書き換えざるを得ない。岩盤需要に見えるB2B市場ほど、消費者市場の変化が組織内部から侵食する。自社の主要顧客が「組織として」ではなく「個人として」何を使い始めているかを観察することが、変化の早期察知につながる。
教訓2:「強み」がそのまま「変化への抵抗」になる
BlackBerryの最大の強みは物理QWERTYキーボードと独自Pushメールだった。しかし、その2つを守ろうとするほど、タッチ・アプリ・コンシューマー化という新しいゲームへの転換が遅れた。強みは「捨てるべきタイミング」を見極められないと負債に変わる。 自社の主力商品・主力サービスがどのような前提のうえに成り立っているかを定期的に問い直し、その前提が崩れる兆候が見えたら、強みごと作り変える勇気が必要だ。「これまで成功してきた理由」が「これから失敗する理由」に変わる瞬間がある。
教訓3:「市場の前提」が変わる速度を読む
2007年のiPhone登場から2010年のシェアピークまで、BlackBerryには3年の猶予があった。だが経営陣はその3年をStorm・PlayBookという中途半端な対症療法に費やし、本格的なOS刷新が遅れた。破壊的な新技術は、登場した瞬間ではなく「コンシューマーがB2B領域に持ち込んだ瞬間」に致命傷を与える。 その猶予期間は3〜5年が一般的だ。自社業界に新技術が登場した時点で意思決定を急ぐ必要がある。
教訓4:「ハードからソフト・サービスへ」の転換は早いほど成功率が上がる
BlackBerryは最終的にQNX・BlackBerry UEMといったソフト事業に軸足を移して生き残った。しかし「ハードで負けてから」始めたため、スマホ事業の損失は膨らみ、転換完了までに10年近くかかった。転換は財務が健全なうちに着手すれば、本業の利益で新事業を育てられる。 既存事業がコモディティ化する前に「次の柱」を仕込んでおくことが、規模を問わない生存戦略だ。
出典: Harvard Business Review "What Business Can Learn from BlackBerry's Demise" / The Verge "The inside story of how the iPhone crippled BlackBerry"
6. ハードウェア企業の業態転換・DXに使える補助金
BlackBerryが直面したのは「主力ハードウェア事業の急縮小」と「ソフトウェア・サービス事業への業態転換」だった。同様の課題は、製造業・電機・通信機器メーカーをはじめとする多くの中小企業が抱えている。国は、こうした業態転換やDX投資を後押しする補助金制度を整備している。
| 制度名 | 補助上限・内容 | 活用場面 |
|---|---|---|
| 新事業進出補助金 | 最大9,000万円(大幅賃上げ特例適用時) | ハードウェア販売からSaaS・サブスク事業への業態転換 |
| ものづくり補助金 | 最大1,250万円〜2,500万円(規模により異なる) | 新製品開発、IoT・組込ソフト搭載機器の試作 |
| IT導入補助金 | 最大450万円 | 顧客管理・サブスク管理・MDM導入などのSaaSツール導入 |
| 中小企業省力化投資補助金 | 最大1,500万円(カタログ注文型) | 既存ハード事業の省人化・効率化で転換投資原資を捻出 |
| 事業承継・引継ぎ補助金 | 最大800万円 | M&Aによる新技術・ソフトウェア企業の取り込み |
BlackBerryの教訓を踏まえると、特に重要なのは「新事業進出補助金」と「IT導入補助金」の2つだ。
新事業進出補助金は、ハードウェアの製造販売からソフトウェア・サービス・SaaSへといった業態の大転換に活用できる。設備投資・システム開発費・広告宣伝費・人件費の一部まで幅広く対象になるため、新規事業立ち上げ初期の諸費用を一気に補填できる。「本業が縮む前に次の柱を仕込む」——BlackBerryに欠けていたタイミングを、補助金の支援を受けながら確保することがポイントだ。
IT導入補助金は、業務システム・顧客管理・サブスク基盤の整備に使える。ハードウェアビジネスからリカーリングビジネス(継続課金)への転換には、顧客データ管理・継続率可視化・LTV分析といったSaaS基盤が不可欠だ。SaaSツールの初期費用と1〜2年分の利用料が補助対象となり、転換期のキャッシュアウトを抑えられる。
また、M&Aによる転換も視野に入れたい。 BlackBerryが最終的にQNX(2010年買収)を取り込んでソフトウェア企業へ転身したように、既存企業の買収による転換も有効だ。事業承継・引継ぎ補助金はM&A時のデューデリ費用や統合費用を補助する。本業が黒字のうちに次の柱となるソフトウェア企業を取り込んでおく——その種まきが、5年後の生存を左右する。
出典: 中小企業庁 事業再構築補助金 / 中小企業庁 ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金 / 中小企業庁 IT導入補助金 / 中小企業庁 事業承継・引継ぎ補助金
まとめ:BlackBerryが教えてくれる「強みこそが最大の盲点になる」
- BlackBerry(旧Research In Motion)は1984年カナダ・ウォータールー創業、共同CEOのマイク・ラザリディスとジム・バルシリーが牽引
- 2010年に世界スマートフォンシェア20%超、米国市場で43%、加入者数8000万人超のピークに到達
- 2007年のiPhone登場を「キーボードがないと売れない」と過小評価し、対抗機BlackBerry Storm(2008年)とPlayBookが惨敗
- 2013年のBlackBerry 10とZ10/Q10は完成度こそ高かったが市場の反応は冷たく、約9.34億ドルの在庫評価損を計上
- 2016年9月、自社製スマートフォンの設計・製造から撤退。以後はTCL Communicationにブランドライセンスを供与
- 現在はQNX(自動車向けリアルタイムOS、世界2.55億台超に搭載)とBlackBerry UEMを軸とするサイバーセキュリティ・IoTソフトウェア企業として存続
- 教訓:B2B顧客の岩盤需要への過信・強みが変化への抵抗に変わる・市場の前提変化は3〜5年で致命傷化・ハードからソフトへの転換は財務健全期に着手
- 新事業進出補助金・IT導入補助金・事業承継補助金を活用し、本業が黒字のうちに次の柱を仕込むことが生存戦略の核
参考資料
・Wikipedia「BlackBerry Limited」
・CBC News「The rise and fall of BlackBerry」
・The Verge「The inside story of how the iPhone crippled BlackBerry」
・Bloomberg「Inside the Fall of BlackBerry」(2014年)
・Reuters「BlackBerry exits smartphone business」(2016年)
・BBC News「BlackBerry stops designing its own phones」
・Harvard Business Review「What Business Can Learn from BlackBerry's Demise」
・BlackBerry QNX 公式「In Cars」
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