本文へ移動

公開 · 更新

経営者向け 失敗から学ぶ

WeWork|評価額470億ドルからIPO撤回、2023年連邦破産法11条申請までの転落

WeWork|評価額470億ドルからIPO撤回、2023年連邦破産法11条申請までの転落

2019年初頭、WeWorkは世界中のスタートアップ業界から「次のユニコーン」「働き方を変える革命児」と称賛されていた。プライベート市場での評価額は470億ドル(当時のレートで約5兆円)に達し、創業者のアダム・ニューマンはシリコンバレーの寵児として君臨していた。ソフトバンク・ビジョンファンドが累計185億ドル超を注ぎ込んだ世界最大級のスタートアップ投資先である。しかしわずか数ヶ月後、IPOのために提出されたS-1(目論見書)の中身が公開されると、評価額は瞬く間に崩壊。ニューマンは解任され、2023年11月には連邦破産法11条(チャプター11)を申請するに至った。「テック企業」を装った不動産仲介ビジネスの誇大評価と、放漫経営の代償——WeWorkの転落は、ベンチャー投資史上最大級の失敗例として語り継がれている。

アダム・ニューマンとWeWorkの急成長——「働き方の革命」というストーリー

WeWorkの物語は2010年、ニューヨーク・マンハッタンの一棟のオフィスビルから始まった。創業者のアダム・ニューマンとミゲル・マッケルヴィは、フリーランスやスタートアップ向けに「コミュニティ」と「シェアオフィス」を組み合わせた新しい働き方を提案。クラフトビールが飲める共用ラウンジ、洒落たインテリア、イベントスペース——単なる賃貸オフィスではなく「コミュニティ体験」を売るというビジネスモデルだった。

創業者のアダム・ニューマンはイスラエル出身、海軍経験を持つ起業家で、卓越したカリスマと話術で投資家を惹きつけた。「WeWorkは単なる不動産会社ではない。人々の働き方、生き方を変えるテクノロジー・カンパニーである」——そのメッセージは2010年代のスタートアップブームに完璧にマッチした。ベンチマーク、JPモルガン、フィデリティなど名だたる投資家が次々と資金を投じた。

2017年8月、ソフトバンクグループの孫正義はニューマンとわずか12分間の面談でWeWorkへの出資を即決したと伝えられている。同年、ソフトバンクとビジョンファンドはWeWorkに44億ドルを出資。以後、ソフトバンク陣営の追加投資は累計185億ドルを超え、WeWorkは世界最大級のユニコーン企業となった。

2019年初頭、WeWorkのプライベート評価額は470億ドルに達した。これは当時のユニコーン企業のなかで世界2〜3位の水準であり、Uber、Airbnbと並ぶ「次に上場する超大型スタートアップ」として世界中のメディアが注目していた。創業から9年で評価額5兆円——シェアオフィスという「コモディティ」のような事業領域で、これほどの評価を獲得した企業は前例がなかった。

WeWorkは2019年時点で世界29カ国、528拠点、52万人以上のメンバーを擁するまでに拡大。マンハッタン、ロンドン、東京、上海など世界の主要都市の一等地に巨大オフィスを次々と賃借し、改装してメンバーに転貸するモデルだった。表面的には「コミュニティ」と「テクノロジー」を強調していたが、ビジネスの実態は「長期で借りて短期で貸す」というシンプルな不動産アービトラージである。この構造のリスクは、後の崩壊で明らかになる。

出典: The Wall Street Journal「WeWork's Adam Neumann and the Art of Failing Up」 / Reuters「Timeline: WeWork's path from $47 billion valuation to bankruptcy」 / Wikipedia WeWork

ソフトバンク・ビジョンファンドの巨額注入——185億ドルが流れ込んだ理由

WeWork物語の中核には、ソフトバンクグループと孫正義の存在がある。2017年に発足したソフトバンク・ビジョンファンド(SVF)は約1000億ドルの運用資産を持つ史上最大規模のテックファンドであり、その投資先の象徴的存在がWeWorkだった。孫正義はWeWorkに「ヤフー級の可能性」を見たと公言し、評価額を吊り上げる形で追加投資を繰り返した。

2017年に評価額200億ドルでの出資を皮切りに、2019年初頭の追加ラウンドでは評価額470億ドルを正当化するための投資を実行。これは、後の経営問題が顕在化する直前の最後の「プライベート市場での値上げラウンド」だった。ソフトバンク本体・ビジョンファンド・関連子会社を通じた累計投資額は、debt(債務)を含めて185億ドル超と報じられている。

後にソフトバンクの孫正義は2019年11月の決算会見で「WeWorkへの投資判断は間違っていた」「自分の投資判断は愚かだった」と公の場で謝罪した。ビジョンファンドはこの年、WeWork関連で約47億ドルの評価損を計上し、ソフトバンクグループの2020年3月期は同社上場以来最大級の連結営業赤字を記録することになる。「12分で決めた投資判断」が、世界最大のテックファンドを揺るがす結果となった。

なぜ孫正義はこれほど高い評価額を支持したのか。ひとつの説明は、ソフトバンク自身が「評価額の値上げ」を必要としていたことだ。プライベートラウンドで評価額を吊り上げ続ければ、過去の出資分も「未実現利益」として計上できる。ファンドのIRR(内部収益率)を維持するためにも、WeWorkの評価額を下げるわけにはいかなかった——という業界関係者の指摘もある。これは「評価額のインフレ」と呼ばれる現象で、ベンチャー投資のなかで構造的に発生しやすい問題でもある。

しかし、プライベート市場での評価額はあくまで「次のラウンドでも高い値段で買う投資家がいる」という前提に成立している。一度パブリック市場(上場市場)に出れば、その評価額は厳しい財務分析と冷徹な投資家の目に晒される。WeWorkにとってIPOは、その「裸の値段」を市場に問う瞬間だった。

出典: Bloomberg「孫氏「投資判断、愚かだった」 WeWork巡り会見で謝罪」(2019年11月) / Financial Times「SoftBank's WeWork bet」 / 日経「ソフトバンク、WeWorkで4700億円損失」

2019年 IPO目論見書(S-1)の衝撃——470億ドル評価が崩れた瞬間

2019年8月14日、WeWorkの親会社「The We Company」はIPO(新規株式公開)に向けた目論見書「S-1」を米証券取引委員会(SEC)に提出した。この文書は、それまで非公開だったWeWorkの財務実態を世界に晒すことになった。市場とメディアの反応は——衝撃と困惑、そして冷たい嘲笑だった。

S-1から明らかになった主な問題点は以下の通り。2018年通期の売上高は約18.2億ドル、純損失は約19.3億ドル——売上の100%超に相当する赤字を出していた。さらに、契約済みの将来賃料義務は約470億ドルに達し、これは奇しくも当時の評価額と同じ水準である。長期で借りた賃借料義務に対し、短期でメンバーから得る収入で帳尻を合わせるモデルは、不景気時にメンバーが解約しても賃料負担は継続するという致命的なリスクを抱えていた。

さらに目を引いたのは、創業者アダム・ニューマンへの利益相反取引の数々だった。ニューマンは自身が個人で所有する不動産をWeWorkに賃貸し、賃料収入を得ていた。「We」という商標を個人で保有し、会社に約590万ドルで譲渡していた(その後返還)。妻のレベッカ・ニューマンが「Chief Brand and Impact Officer」として人事決定に大きな影響を持つガバナンス構造、創業者に圧倒的な議決権を集中させる種類株の設計——これらは「テック企業」を装った私物化経営の典型例として批判された。

S-1には、「テクノロジー」「コミュニティ」「Energy(エネルギー)」「Elevate the World's Consciousness(世界の意識を高める)」といった抽象的・宗教的とも言える表現が頻出した。一方で、収益化の道筋、ユニットエコノミクスの改善計画、賃料義務に対するヘッジ策など、投資家が知りたい具体的な情報は欠落していた。「これは不動産仲介業をテックの仮面で覆ったもの」——多くのアナリストの結論だった。

9月に入ると、機関投資家とアンダーライター(引受証券会社)の間で、IPO価格をめぐる議論が紛糾。当初想定の評価額470億ドルから、200億ドル、150億ドル、最終的には100億〜120億ドルまで引き下げる案も浮上した。プライベート評価額の4分の1にまで叩き落される可能性は、ソフトバンクをはじめとする既存投資家にとって耐え難い屈辱だった。

出典: SEC「The We Company S-1 Filing」(2019年8月) / The New York Times「WeWork's I.P.O. Filing Shows Huge Revenue and Losses」 / CNBC「WeWork's IPO documents have a corporate governance problem」

上場撤回・ニューマン解任・評価額暴落——わずか6週間の崩壊

2019年9月16日、WeWorkはIPOの延期を発表。さらに9月24日、創業者アダム・ニューマンはCEO職を辞任することを余儀なくされた。ソフトバンクや既存投資家、社外取締役からの圧力により、彼は「会長職」に格下げされ、議決権の大半を放棄することに同意した。S-1提出からわずか6週間あまりでの転落だった。

ニューマンの異常な経営スタイルも次々と暴露された。プライベートジェットでマリファナを米国・イスラエル間に持ち込もうとした疑い、テキーラ・パーティーで社員に酒を勧める文化、神秘主義者の妻による霊感人事——「テック企業の革命的リーダー」のイメージは、急速に「ナルシシスティックなパーティー王子」のそれに置き換えられた。

2019年10月、ソフトバンクは破綻寸前のWeWorkに95億ドルの救済パッケージを発表した。このパッケージで、WeWorkの評価額は約80億ドルに再設定された——わずか8ヶ月前の470億ドルから、6分の1以下への崩落である。ニューマンは退社の見返りとして、最大17億ドル(株式買い取り、コンサル契約、融資の合計)のパッケージを受け取ったとされ、「失敗の代償としてはあまりに豪華」と世論の批判を浴びた。

サンディープ・マスラニ氏が新CEOに就任し、WeWorkは「コストカット・拠点削減・ノンコア事業売却」の苦難の再建期に入った。世界で大規模なレイオフが実施され、不採算拠点は次々と閉鎖。学校事業「WeGrow」、ウェーブプール事業「Wavegarden」、生活共同事業「WeLive」などの非中核事業は次々と切り離された。

そして2020年、新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲った。リモートワークの普及により、シェアオフィス業界の前提条件そのものが揺らいだ。WeWorkにとっては最悪のタイミングでの市場環境変化だった。メンバーの解約が相次ぐ一方、長期で借りた賃料義務は容赦なく重くのしかかった。

2021年10月、WeWorkはSPAC(特別買収目的会社)BowX Acquisition Corp.との合併を通じて、ようやくニューヨーク証券取引所に上場を果たした。しかし上場時の評価額は約90億ドル、ピークの470億ドルからは80%以上の下落である。上場後の株価も低迷を続け、2023年8月には「事業継続能力への重大な疑義」をSECに開示するに至った。

出典: Reuters「WeWork shelves IPO; founder Neumann steps down as CEO」(2019年9月) / The Wall Street Journal「SoftBank to Take Over WeWork in $9.5 Billion Bailout」 / Bloomberg「Adam Neumann's $1.7 Billion Payout」

2023年11月 連邦破産法11条申請——壮大な実験の終幕

2023年11月6日、WeWorkは米ニュージャージー州連邦破産裁判所に連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請した。負債総額は約190億ドル、資産は約150億ドルと報告された。13年前にマンハッタンの1棟のビルから始まった「働き方の革命」は、約470億ドルから始まった崩壊の旅路を、ついに法的破綻という形で終えた。

申請の主因は依然として「長期賃料義務」と「収入のミスマッチ」だった。コロナ禍からの回復は道半ばで、ハイブリッドワークの普及により大企業のオフィス需要は構造的に減少していた。WeWorkは2023年第3四半期だけで約7億ドルの純損失を計上し、もはや既存の賃料契約を維持できる財務体力はなかった。

チャプター11手続きを通じて、WeWorkは米国・カナダの不採算拠点を大幅に閉鎖し、賃料負債を再交渉した。2024年6月にチャプター11手続きから脱却し、ヘッジファンドのアナント・ヤルダリーが率いるYardi Systemsが事実上のオーナーとなって再出発した。ソフトバンク・ビジョンファンドのWeWork株式は実質的に紙切れとなり、累計185億ドルの投資の大半は失われた。これはベンチャー投資史上、最大規模の単一企業向け損失のひとつとされている。

「働き方を変える」という壮大なビジョンは、最終的に「不動産アービトラージはコロナ時代の需要変動に耐えられない」という厳しい現実の前に屈した。皮肉なのは、コワーキングというビジネス自体は完全に消滅したわけではないことだ。IWG(旧リージャス)、Industrious、Convene、日本でも三井不動産のWORKSTYLINGなど、より慎重なユニットエコノミクスで運営される競合は今も成長している。WeWorkの失敗は「ビジネスモデルの失敗」というより、「過剰な拡大・誇大評価・利益相反経営の複合的な失敗」と位置づけるべきだ。

創業者アダム・ニューマンはというと、転んでもタダでは起きなかった。彼は2022年、不動産スタートアップ「Flow(フロー)」を新たに設立し、再びベンチャーキャピタル大手のAndreessen Horowitzから3.5億ドルの出資を獲得した。「失敗から学ばないシリコンバレー」を象徴する出来事として、業界では再び議論を呼んだ。

出典: Reuters「WeWork files for U.S. bankruptcy with plans to slash debt」(2023年11月) / The New York Times「WeWork, Once a Wall Street Darling, Files for Bankruptcy」 / BBC News「WeWork files for bankruptcy protection」

まとめ:WeWorkが教えてくれる「ストーリーよりユニットエコノミクス」

  • WeWorkは2010年創業のシェアオフィス企業。「働き方の革命」を標榜し、2019年に評価額470億ドル(約5兆円)の世界最大級ユニコーンとなった
  • ソフトバンク・ビジョンファンドが累計185億ドル超を投資。孫正義は2019年「投資判断は愚かだった」と公の場で謝罪した
  • 2019年8月のS-1(IPO目論見書)提出で、純損失19.3億ドル・賃料義務470億ドル・創業者の利益相反取引などが明らかになり、評価額が急落
  • 2019年9月にIPO撤回、創業者アダム・ニューマンが解任。10月にソフトバンクの救済パッケージで評価額は80億ドルへ崩落
  • 2021年にSPAC合併で上場するも株価低迷、2023年11月に連邦破産法11条を申請。負債約190億ドルの巨大破綻となった
  • 教訓:ストーリーよりユニットエコノミクス・固定費の重みを軽視するな・ガバナンスは最初から整える・評価額と企業価値は別物・本物のDXを進めよう

参考資料
・Wikipedia「WeWork」
・SEC「The We Company S-1 Filing」(2019年8月)
・Reuters「Timeline: WeWork's path from $47 billion valuation to bankruptcy」
・Reuters「WeWork files for U.S. bankruptcy with plans to slash debt」(2023年11月)
・The New York Times「WeWork, Once a Wall Street Darling, Files for Bankruptcy」
・The Wall Street Journal「SoftBank to Take Over WeWork in $9.5 Billion Bailout」
・Bloomberg「孫氏「投資判断、愚かだった」 WeWork巡り会見で謝罪」(2019年11月)
・BBC News「WeWork files for bankruptcy protection」

この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

あわせて読みたい

コラム ·

DeepSeek-V4.1-Flash-1017とは?性能・料金と「手元のPCで動かせるか」を整理

中国DeepSeekが2026年10月17日に公開したDeepSeek-V4.1-Flash-1017について、前版からの変更点、ベンチマーク、API料金を公式発表から整理します。MITライセンスで重みも公開されていますが、総パラメータは5,520億。量子化版の容量、対応ソフトの状況、報告されている速度から、一般的なPCや社内サーバーで動かせるかを判断します。

コラム ·

AIは好景気を生むか、不景気を生むか――マスク氏「全員が高所得になる」を5年と30年の二つの時間軸で読み解く

イーロン・マスク氏は2026年9月29日、ホワイトハウスで「最も可能性が高いのは豊かさの時代で、全員が高所得になる」と語りました。一方で米国ではAIを理由とする人員削減の発表が増え、AIにさらされやすい職種では若手の雇用が19%下振れしています。好景気説と不景気説の根拠を並べ、産業革命期の「エンゲルスの休止」などの歴史を手がかりに、〜2030年の短い時間軸と2040〜50年代の長い時間軸で未来を大胆に予想します。そのうえで、混乱期を和らげるために企業が担うべき配置転換などのソフトランディングの進め方を整理します。

コラム ·

映画ちいかわはなぜ168億円まで伸びたのか――結末を知っている観客を2週間ごとに劇場へ呼び戻した興行設計

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は公開66日で興行収入168.5億円・動員1,155万人に達し、歴代14位に入りました。原作はXで公開済みの長編で、多くの観客はストーリーを知ったうえで劇場に来ています。週末成績と入場者特典の投入日を並べると、初動の大きさではなく「客足が落ちかけた週末を立て直す」設計が見えてきます。数字の推移、語りたくなる作りの効用、特典の副作用を整理し、中小企業が来店動機を設計するときの判断材料にします。