ジャック・マー|KFC不採用、30連敗の男が自宅アパートで18人と始めたアリババ
中国・杭州のKFCに24人が面接に来ました。23人が採用され、たった1人だけ不採用になった。その1人がジャック・マーです。大学受験に2度落ち、卒業後は30社に応募して全敗。警察にも、ホテルにも断られた。しかし1999年、自宅アパートに18人の仲間を集めて6万ドル(約900万円)で創業した会社——アリババ——は、中国最大のEC企業に成長しました。
1. 英語教師になるまで——挫折の連続
ジャック・マー(馬雲)は1964年、中国・杭州で生まれました。子ども時代、杭州の外国人観光客に英語で話しかけるのが日課でした。9年間、毎朝ホテルに通い、外国人観光客のガイドを無料で務めながら英語を独学で習得。この経験が、後にアリババを「世界に開かれた中国企業」にする原点になります。
しかし学業は振るいませんでした。
| 大学受験 | 2度不合格(数学は1回目1点/120点)。3度目でようやく合格 |
|---|---|
| 就職活動 | 30社に応募、全社不採用 |
| KFC | 24人中23人が採用、マーだけ不採用 |
| 警察 | 5人応募し4人採用、マーだけ不採用 |
| ハーバード大学 | 10回応募、すべて不合格 |
最終的にマーは、杭州の大学で月給12ドル(約1,800円)の英語教師になりました。しかし、この「失敗の連続」が、後の起業家精神の土台を作ったとマーは振り返っています。
(出典: CNBC「Jack Ma was rejected from every job」、Wikipedia「Jack Ma」)
2. アメリカで見た「インターネット」——運命の転換点
1995年、通訳の仕事でアメリカを訪れたマーは、シアトルで初めてインターネットに触れました。検索エンジンで「ビール」を検索すると、アメリカ、ドイツ、日本のビールは出てくるのに、中国のビールは一つも出てこない。「中国」を検索しても、ほぼ情報がなかった。
マーはこの瞬間に確信しました——「中国にはインターネットが必要だ」。帰国後すぐに「チャイナページ」というオンラインディレクトリを立ち上げますが、時期尚早で失敗。政府のインターネットプロジェクトに参加するも、官僚組織の壁に阻まれて離脱しました。
しかしマーは諦めませんでした。2度の失敗を経て、3度目の挑戦に賭けることを決意します。
3. 自宅アパートに18人——アリババ創業の夜
1999年2月、杭州の自宅アパートに18人の友人と元同僚が集まりました。マーはその場で、インターネットを使って中国の中小企業が世界と取引できるプラットフォームを作るビジョンを語りました。
「我々は世界の小さな企業を助ける。小さなエビが大きなクジラに食われるのを防ぐ。それがアリババの使命だ」
— ジャック・マー、創業時のスピーチ
18人全員がマーのビジョンに賛同し、合計6万ドルを出資。社名の「アリババ」は、「開けゴマ(Open Sesame)」の物語から。マーが世界中の人に「アリババを知っているか?」と聞いて回り、どの国の人も知っていたことが決め手でした。
しかし創業後の3年間、アリババは一度も黒字にならなかった。ベンチャーキャピタルに繰り返し出資を断られ、一時は倒産まであと18か月という状況に追い込まれます。
転機は2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行でした。外出が制限される中、オンライン取引の需要が急増。アリババのB2Bプラットフォームと、同年立ち上げた個人間取引サイト「淘宝網(タオバオ)」が爆発的に成長しました。
2014年、アリババはニューヨーク証券取引所にIPO。調達額250億ドルは、当時の世界記録でした。
(出典: Entrepreneur「How Jack Ma Overcame Failure」、The Business Legacy「Jack Ma Success Story」)
4. 中小企業経営者が学べること
- 「不採用」は「不適合」であって「無能」ではない — KFCに落ちたマーは、KFCに向いていなかっただけ。30社の不採用は、マーが「雇われる側」ではなく「雇う側」の人間だったことを示していました
- 顧客を「中小企業」に定める — アリババは最初から「小さな企業を助ける」を使命にしました。大企業ではなく中小企業を顧客に選んだことが、巨大なマーケットの入口になりました
- ピンチは最大のチャンス — SARSの流行がアリババの成長を加速させたように、困難な状況こそ、新しいビジネスモデルが求められるタイミングです
- 失敗の回数は関係ない — 大学受験2回不合格、就職30連敗、起業2回失敗。重要なのは失敗の数ではなく、次に立ち上がるかどうかです
5. 創業・海外展開に使える補助金
小規模事業者持続化補助金(創業型)
| 補助上限額 | 最大250万円 |
|---|---|
| 対象者 | 創業後1年以内の小規模事業者(創業前でも可) |
ものづくり補助金(グローバル枠)
| 補助上限額 | 最大4,000万円 |
|---|---|
| 特徴 | 海外展開を見据えた新商品・新サービス開発を支援 |
まとめ
ジャック・マーは、KFCに落ち、30社に断られ、大学受験に2度失敗した「不採用の王」です。しかし自宅アパートに18人を集めて始めたアリババは、世界最大のEC企業に成長しました。
マーの「異常な情熱」は、失敗に慣れていたことにあります。何度断られても次に向かう。その原動力は「中小企業を助ける」という使命感でした。あなたの事業の使命は何ですか? 補助金制度を活用して、その使命を形にしてみてください。
関連コンテンツ
関連コンテンツ
池森賢二(ファンケル)|妻の肌荒れから生まれた「無添加化粧品」、業界に10年間無視された男の異常な情熱
妻の肌荒れを目の当たりにした池森賢二は、防腐剤・添加物のない化粧品を世界で初めて商品化。業界に「素人の趣味」と10年間無視されながら、チラシと通信販売だけで化粧品売上1位を達成した創業者の情熱と中小企業が活用できる補助金を紹介します。
詳しく見る →一瀬邦夫|妻のまかないから「鉄皿ステーキ」を発明した男の情熱
ペッパーランチ創業者・一瀬邦夫。コック修行から独立し、妻の「端肉を鉄皿で焼く」まかないをヒントに鉄皿ステーキを発明。71歳で「いきなり!ステーキ」を立ち上げ、急拡大と挫折を経験した創業者の情熱と教訓を紹介します。
詳しく見る →石橋信夫(大和ハウス工業)|鮎釣りの帰り道、子供の一言が生んだ「3時間で建つ家」と売上5兆円企業
鮎釣りの帰り道、子供の「離れ部屋が欲しい」という一言から「3時間で建つ家」を発想した石橋信夫。1959年「ミゼットハウス」でプレハブ住宅産業を日本に創出し、大和ハウス工業を売上5兆円超の住宅メーカートップに育てた創業者の情熱と、中小企業経営者が活用できる補助金を紹介します。
詳しく見る →補助金申請の流れ
補助金の申請から受給までの基本的な流れを7ステップで解説。初めての方でも分かりやすく説明します。
詳しく見る →この記事を書いた人
創業や海外展開に使える補助金をお探しですか? 補助金さがすAIで、あなたの事業に合った補助金を見つけましょう。
補助金を検索する無料会員登録でAI検索が使えます
無料会員登録この記事をシェア