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創業ストーリー 経営者向け

リード・ヘイスティングス|「延滞料40ドル」の怒りは作り話だった——Netflixの本当の創業物語

リード・ヘイスティングス|「延滞料40ドル」の怒りは作り話だった——Netflixの本当の創業物語

「ビデオの延滞料40ドルに激怒して、定額制のDVDレンタルを思いついた」——Netflixの創業エピソードとして世界中で語られてきたこの話は、実は共同創業者マーク・ランドルフ自身が認めた「便利なフィクション」でした。本当の創業物語は、サンタクルーズからサニーベールへの通勤中の雑談から始まります。ブロックバスターに買収を提案して笑われたあの日から、時価総額約4,160億ドルの巨大企業を築き上げたリード・ヘイスティングスの執念を紹介します。

平和部隊からシリコンバレーへ——「10ドルでアフリカ横断」の胆力

リード・ヘイスティングスは1960年10月8日、ボストンで生まれました。ボードイン・カレッジで数学を専攻した後、卒業後の進路として選んだのは企業への就職ではなく、アメリカ平和部隊(Peace Corps)。アフリカのスワジランド(現エスワティニ)に渡り、2年間で約800人の生徒に数学を教えました。

この経験がヘイスティングスの人生を決定的に変えます。電気も水道もない村で暮らし、ヒッチハイクでアフリカ大陸を移動する日々。のちに彼はこう振り返っています。

「10ドルしか持たずにアフリカをヒッチハイクで横断した経験があれば、会社を始めることなんてそれほど怖くない」

帰国後、1988年にスタンフォード大学でコンピュータサイエンスの修士号を取得。平和部隊で培った「何もないところから仕組みを作る」能力と、スタンフォードで学んだ技術知識が、のちのNetflix創業の土台になります。

(出典: Wikipedia「Reed Hastings」、Peace Corps「Reed Hastings, Swaziland 1983-1985」)

「延滞料40ドル」の真実——共同創業者が認めた「便利なフィクション」

Netflix創業前、ヘイスティングスは1991年にデバッグツール会社Pure Softwareを設立しています。会社は急成長しましたが、成長に伴い社内ルールが増殖。ヘイスティングス自身がのちに「愚か者しか働きたがらない完璧なシステム(a foolproof system that only fools wanted to work in)」と振り返るほど、官僚的な組織になってしまいました。1996年にAtria Softwareと合併、1997年にRational Softwareに売却されます。

そして1997年、有名な「延滞料40ドル」のエピソードです。しかし、この話は作り話でした。

共同創業者マーク・ランドルフは2019年の著書『That Will Never Work』(邦題『不可能を可能にせよ!』)の中で、延滞料の逸話を「便利なフィクション(a convenient fiction)」だったと明かしています。

実際の創業のきっかけは、サンタクルーズからサニーベールへの通勤中の車内での雑談でした。ランドルフとヘイスティングスは毎日の通勤時間を使って「Amazonの○○版」というフォーマットでビジネスアイデアをブレインストーミングしていました。DVDの郵送に目をつけた2人は、CDを封筒に入れてヘイスティングスの自宅に郵送するテストを実施。CDが割れずに届いたことで、DVDの郵送レンタルというコンセプトが生まれます。

1997年8月29日、ヘイスティングスが190万ドルを出資し、Netflixを共同設立。1998年3月、最初のDVDが発送されました(最初の注文に含まれていた作品の1つは映画『ビートルジュース』でした)。

(出典: CNBC「Netflix's founding story is a myth, co-founder Marc Randolph says」(2019)、Marc Randolph『That Will Never Work』(2019))

ブロックバスターに笑われた日——5,000万ドルの提案を一蹴された男

1999年9月、Netflixは画期的な月額定額制サブスクリプションモデルを導入します。延滞料なし、返送料無料。当時のレンタルビデオ業界の常識を完全にひっくり返すモデルでした。

しかし2000年、ドットコムバブルの崩壊がNetflixを直撃します。2001年には120人の従業員のうち3分の1を解雇せざるを得ない状況に追い込まれました。

追い詰められたヘイスティングスとランドルフは、2000年9月、当時レンタルビデオ業界の絶対的王者だったブロックバスター本社を訪れ、5,000万ドルでの買収を提案します。

ブロックバスターCEOジョン・アンティオコの反応について、ランドルフはこう書いています。「ジョンの唇がぴくりと動いた。笑いをこらえていたのだ(John's lip twitched. He was trying not to laugh.)」

提案は即座に却下されました。当時、ブロックバスターは全米に9,000以上の店舗と数百万人の会員を持つ巨大企業。わずか30万人の会員しかいないNetflixなど、眼中になかったのです。

しかしヘイスティングスは折れませんでした。2002年5月23日、NetflixはNASDAQに1株15ドルで上場し、8,250万ドルを調達。同年末には売上高1億5,280万ドル、会員数85万7,000人に成長します。

(出典: Wikipedia「Netflix」、Marc Randolph『That Will Never Work』(2019)、Netflix SEC Filing)

自分のビジネスを自分で壊す——DVDからストリーミングへの賭け

DVDレンタル事業が好調な中、ヘイスティングスは次の破壊的変化を見据えていました。2007年1月16日、Netflixは動画ストリーミングサービス「Watch Now」を開始します。

これは自社の成功しているDVD事業を自ら食い潰すという、経営者にとって最も難しい決断でした。DVDの郵送レンタルで利益を上げている最中に、利益率の低いストリーミングに莫大な投資を行うのです。

2010年、ストリーミングの売上がDVDレンタルの売上を上回りました。ヘイスティングスの「自分のビジネスを自分で壊す」戦略が正しかったことが証明された瞬間です。

そして2010年、ブロックバスターは破産しました。わずか10年前にNetflixの買収提案を笑い飛ばした巨大企業が、市場から消えたのです。Netflixの時価総額は現在約4,160億ドルにまで成長しています。

ヘイスティングスがPure Softwareでの失敗から学んだ「ルールを増やすな、自由を与えろ」という哲学は、Netflixの企業文化の根幹になりました。著書『No Rules Rules』(邦題『NO RULES ルールなし』)では、休暇ポリシーの撤廃や経費規定の廃止など、従来の常識を覆すマネジメント手法を公開しています。

(出典: Wikipedia「Netflix」、Wikipedia「Blockbuster (company)」、Reed Hastings & Erin Meyer『No Rules Rules』(2020))

中小企業経営者が学べること

  • 「便利な物語」より本質を見よ — Netflixの創業神話は延滞料の怒りではなく、通勤中のブレインストーミングでした。顧客に語るストーリーと、実際のビジネス判断は分けて考えるべきです。華やかな創業ストーリーに酔わず、地道な仮説検証を重ねることが成功の本質です
  • 笑われても折れるな — ブロックバスターに笑われた買収提案から10年で、立場は完全に逆転しました。業界の王者に認められないことは、失敗の証拠ではありません。むしろ既存プレイヤーが理解できないほど新しいことをしている証拠かもしれません
  • 自分のビジネスを自分で壊せ — DVDが好調な時にストリーミングへ舵を切る決断は、まさに「自己破壊」。しかし自分で壊さなければ、他社に壊されます。今の事業が好調でも、次の変化に備えた投資を怠れば、ブロックバスターの二の舞になります
  • ルールを減らし、自由を増やせ — Pure Softwareの失敗から「ルールの増殖が組織を殺す」ことを学んだヘイスティングス。中小企業でもマニュアルや承認フローを増やしすぎると、優秀な人ほど窮屈に感じて離れていきます

まとめ

リード・ヘイスティングスは、平和部隊で「10ドルでアフリカ横断」を経験し、スタンフォードで技術を学び、最初の会社では「ルールが組織を殺す」ことを身をもって知りました。Netflixの有名な創業神話は作り話でしたが、本当の物語はそれ以上にドラマチックです。

ブロックバスターに笑われ、ドットコムバブル崩壊で従業員の3分の1を切り、それでもDVD郵送レンタルを定額制に変え、さらにその成功しているDVD事業を自ら壊してストリーミングに賭けた。「自分のビジネスを自分で壊す覚悟」がなければ、他社に壊される。それがヘイスティングスの教訓です。あなたの事業で、今うまくいっているものを自ら壊してでも次に進むべき瞬間は、もう来ていませんか?

この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

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