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経営者向け 創業ストーリー

坂本孝(ブックオフ/俺のイタリアン)|50歳で古本業界を革命し、71歳で「立ち食い高級フレンチ」を生んだ2度の情熱

坂本孝(ブックオフ/俺のイタリアン)|50歳で古本業界を革命し、71歳で「立ち食い高級フレンチ」を生んだ2度の情熱 - コラム - 補助金さがすAI

2011年9月、東京・新橋。16坪の小さな飲食店の前に、開店前から行列ができていた。白いテーブルクロスはない。椅子もない。立ったまま食べる店だ。だが厨房に立つのはミシュランの星付き店で腕を磨いたシェフであり、皿に載るのは本物のフォアグラ、ホタテ貝柱、ポルチーニ茸——高級イタリア料理店なら一皿5,000円はくだらない素材だ。それが1,000円前後で食べられる。店の名は「俺のイタリアン」。仕掛けた男の名は坂本孝(さかもと・たかし)——21年前、薄暗い古本屋の常識を打ち破り「新古書店ブックオフ」を生んだ、あの男が71歳にして飲食業界の常識を2度目に破りにきた瞬間だった。

1. 山梨の精麦業家の息子——中古ピアノ販売で覚えた「価値の非対称性」

坂本孝は1940年(昭和15年)5月4日、山梨県甲府市に生まれた。父は精麦を手がける坂本精麦合名会社を営んでいた。戦後復興の時代、山梨の小さな農業関連企業の後継ぎとして育った坂本だが、その視線は最初から「作ること」より「売ること」に向いていた。

1963年、慶應義塾大学法学部を卒業した坂本は父の会社に入社し、その後山梨くみあい飼料株式会社の取締役に就任した。地方の中小企業の経営に携わりながら、坂本は「商品の価値は誰が決めるのか」という問いを持ち続けた。その答えの一端を掴んだのが、中古ピアノの販売だった。

1970年代、坂本は中古ピアノの買い取り・販売を手がけるようになった。ここで坂本が学んだのは「価値の非対称性」だ。持ち主にとってはもはや不要になったピアノでも、買いたい人にとっては喜ばれる商品になる。市場には「売りたい人」と「買いたい人」の間に巨大なギャップが存在し、そのギャップを埋める仕組みを作った者が利益を得る——この発見が、後のブックオフ創業の原点となった。

中古ピアノのビジネスを通じて、坂本はチェーン展開型のビジネスとフランチャイズの仕組みについても学んだ。イトーヨーカ堂創業者・伊藤雅俊の経営手法にも影響を受けたとされ、「どんな商品でも、チェーン化・標準化できれば大きくなれる」という確信を深めていった。

(出典: Wikipedia「坂本孝」

2. 1990年5月、50歳でブックオフ1号店開業——「古本屋の常識」を破壊した男

1990年5月——坂本孝は50歳にして、これまでの経験をすべて注ぎ込む新事業に踏み出した。神奈川県相模原市に「ブックオフ直営1号店・千代田店」を開設したのだ。広さは約35坪。中古本の買い取り・販売を行う店だった。

当時の古書店業界には確固たる常識があった。まず「目利き」こそが命だった。専門知識を持つ目利きの店員が本の価値を見定め、希少な本には高い値をつけ、普及品は叩く——古書店は職人の世界であり、しかも店内は薄暗く埃っぽく、入りにくい雰囲気が漂っていた。「古書店は専門家のための場所」というイメージが業界全体を支配していた。

坂本はこの「常識」を根本から覆した。ブックオフの買い取り基準はシンプルかつ革命的だった——「本の価値は汚れ具合だけで決まる」。希少性も内容も関係ない。きれいな本なら高く買い、汚れた本は安く買う。このルールによって、パートやアルバイトでも誰でも買い取り作業ができるようになった。専門知識は不要だ。「目利き」という参入障壁を取り払ったことで、坂本は全国チェーン展開への道を開いた。

さらに坂本は「本お売りください」という言葉を看板に掲げた。従来の「本買います」ではなく「本お売りください」——売り手を主役に置いた逆転の発想だ。この言葉の変化が、「古本屋に本を持っていく」という行為のハードルを劇的に下げた。

店舗デザインも既存の古書店とはまったく異なる方向に振り切った。コンビニエンスストアのように明るく清潔で、だれでも気軽に立ち寄れる空間を作った。商品棚は整然と整理され、本の背表紙が揃えて並んでいる——薄暗い古書店の「入りにくさ」の正反対だ。

(出典: ベンチャー通信Online「ブックオフコーポレーション株式会社 創業者 坂本 孝」ダイヤモンドオンライン「坂本孝が明かすブックオフ成功の鍵は『買い手』より『売り手』がいる立地」

3. 16年で1000店舗——フランチャイズで広がった「新古書店革命」の規模

1990年の1号店開業からわずか1年後の1991年8月、坂本はブックオフコーポレーションを法人として設立した。その後の成長速度は目を見張るものだった。買い取り・販売のマニュアル化によって専門知識不要でオペレーションできるブックオフのビジネスモデルは、フランチャイズ展開に最適だった。

坂本は積極的にフランチャイズ加盟店を募り、全国に展開した。2004年には東京証券取引所第2部に上場、翌2005年には第1部に昇格し、業界に「新古書店」という新カテゴリを定着させた。2006年にはハーバードビジネススクールの「ベンチャー・オブ・ザ・イヤー」受賞。創業から16年で、ブックオフは全国1,000店舗を超えた。

主な出来事
1990年5月 ブックオフ直営1号店・千代田店(相模原市)開業
1991年8月 ブックオフコーポレーション設立
2004年 東京証券取引所第2部上場
2005年 東証1部昇格、全国1,000店舗突破
2006年 ハーバードビジネススクール「ベンチャー・オブ・ザ・イヤー」受賞
2007年6月 リベート問題で会長引責辞任

ブックオフが既存の古書店から激しく批判されたのも事実だ。「本の価値は汚れ具合だけで決まる」というルールは、価値ある希少本が安値で流通してしまうことを意味し、古書業界からは「本の文化を破壊する」と強く非難された。しかし坂本は「一般消費者が本を手放しやすく、買いやすい仕組みを作ることが、本の流通を増やす」という信念を曲げなかった。この「業界の常識への反発」こそ、後の俺のイタリアンにも共通する坂本の本質だ。

(出典: ビジネスジャーナル「ブックオフ、俺のフレンチ創業者が死去…日本の読書文化を変えた坂本孝の功罪」Wikipedia「ブックオフコーポレーション」

4. 絶頂からの転落——2007年リベート問題と引責辞任

2007年5月9日、週刊文春が報じた。「『デタラメ上場』ブックオフに巨額リベート発覚」——見出しが飛び込んできたのは、ハーバードビジネススクールで栄誉を受けた翌年のことだった。

記事によれば、坂本は1993年から2001年にかけて、フランチャイズ加盟店に什器を納入していた丸善から、親族の経営する会社を通じて合計7億4,200万円の手数料(リベート)を受け取っていたという。社内調査委員会はリベートの受領を認め、また2004年と2006年の2回にわたる合計2,206万円の売上水増し(粉飾決算)も明らかになった。調査委員会は違法性を断定しなかったが、坂本は7億4,200万円の全額をブックオフへ返還し、2007年6月、会長を引責辞任した。

そして坂本を最も深く揺るがしたのは、稲盛和夫からの叱責だった。坂本は稲盛が主宰する経営者塾「盛和塾」に長く参加し、経営哲学を学んできた。その稲盛が、面と向かってこう言い放った。

「あんたは盛和塾でいったい何を勉強してきたのか!」

—— 稲盛和夫が坂本孝に言い放った言葉(坂本孝の著書・インタビューより)

社会的信用を失い、自らが育てた会社の経営権も手放した坂本にとって、この時期は人生の「奈落」だった。67歳での失脚。再起できるのか——誰もが疑問を持った。だが坂本は後に「稲盛の叱責を、もう一度正しい道で経営を学び直せという激励として受け取った」と語っている。この言葉を受け止めた坂本に、再起への燃料が灯った。

(出典: 日経ビジネス「追悼『ブックオフ』『俺の』創業者の坂本孝氏 奈落からの再起」NetIB-News「ブックオフ創業者坂本氏死去、稲盛氏の叱咤で再起」

5. 71歳の再起——100店舗の行列分析から生まれた「俺のイタリアン」

引退後の坂本は、稲盛の叱責を反芻しながら、次の事業を模索した。2009年、坂本は「バリュークリエイト」を設立し、再び起業の道を歩み始めた。飲食業への参入を決めた坂本が最初にやったことは、徹底的なリサーチだった。

坂本は行列ができる人気店を100店舗以上にわたって調べ上げた。景気が悪い時代にも常に繁盛している業態は何か——分析の結果、2つのパターンが浮かび上がった。「立ち飲みの居酒屋」「ミシュランの星付きレストラン」だ。どちらも常に客が入り、行列が絶えない。では、なぜ他の業態は不振なのか。坂本の答えは明快だった。「中途半端な価格帯・中途半端な質の店は、消費者から選ばれない」。

「この二つをくっつけてしまえばいい——立ち飲みの価格で、ミシュランの味を出す」

—— 坂本孝(インタビューより)

この着想は、ブックオフのビジネスモデルと同じ構造を持っている。ブックオフは「目利きが必要な古書店」×「誰でも入れるコンビニ」の組み合わせだった。俺のイタリアンは「高級レストラン」×「立ち飲み居酒屋」の組み合わせだ。坂本の発想の核心は常に「2つの異なる常識を掛け合わせる」ことにある。ブックオフの失敗から10年以上をかけて、坂本はその発想法を一切変えなかった。

2011年9月、「俺のイタリアン」1号店が東京・新橋に開業した。坂本の年齢は71歳。多くの経営者が引退を考える年齢で、坂本は自分のセカンドライフをかけた勝負に出た。

(出典: プレジデントオンライン「坂本孝社長が振り返る!『俺のフレンチ』誕生の軌跡」日経ビジネス「追悼『ブックオフ』『俺の』創業者の坂本孝氏 奈落からの再起」

6. 原価率60%でも黒字——「立ち食い高級フレンチ」の経営数学

飲食業界では原価率(売上に対する食材コストの比率)を30〜35%以内に抑えることが常識だ。高級フレンチやイタリアンでは食材費がかかるため、原価率をさらに抑え、18〜20%程度に設定するのが一般的だ。ところが坂本が設定した俺のイタリアンの原価率は60%超——通常の2〜3倍だ。業界関係者はこれを聞いて首をかしげた。「60%の原価率では、絶対に赤字になる」と。だが坂本には確信があった。

答えは「回転率」にある。通常の高級レストランでは、客は2〜3時間かけて食事をする。椅子に座り、ゆっくりとコースを楽しむ。一晩に1〜1.5回転が限界だ。しかし俺のイタリアンは立ち食い(スタンディング)形式なので、客の滞在時間は1時間程度に自然と短くなる。その結果、1日3回転以上が実現する。

指標 一般高級レストラン 俺のイタリアン
食材原価率 18〜25% 60%超
客の滞在時間 2〜3時間 約1時間(立ち食い)
1日の回転数 1〜1.5回転 3回転以上
客単価 15,000〜30,000円 3,000〜5,000円

さらに重要な戦略が、シェフの採用だ。ミシュランの星付き店や有名高級レストランのシェフは、腕前は一流だが「自分の料理を自由に作れない」という不満を抱えることが多い。大型高級店では本部のメニューに従うだけで、シェフとしての創意工夫が制限されるからだ。坂本はこの点に着目し、「各店舗のシェフにメニューとレシピの全権限を与える」という方針を打ち出した。結果として「高級な腕前を持つシェフ」が「自由に料理を作れる職場」に集まり、客は「高級店と同じ味を3分の1以下の値段で食べられる」という三方よしの構造が生まれた。

2012年11月に「俺のフレンチ・俺のイタリアン株式会社」(後に俺の株式会社)を正式設立し、「俺のシリーズ」は日本全国に波及した。坂本は2020年1月に代表を退き名誉会長に就任した後も、ブランドの精神的支柱であり続けた。

(出典: プレジデントオンライン「俺のフレンチ 高品質・激安なのに儲かる秘密」まぐまぐニュース「それでも利益は爆上げ。『俺のフレンチ』が原価率60%でも儲かる理由」

7. 坂本孝の情熱から中小企業経営者が学べること——補助金との接続点

坂本孝は50歳でブックオフを創業し、71歳で俺のイタリアンを立ち上げた。この「2度の常識破壊」には、中小企業経営者が学べる本質的なパターンがある。

第一は「異業種の常識を掛け合わせる」という発想だ。ブックオフは「古書店」×「コンビニ」。俺のイタリアンは「高級レストラン」×「立ち飲み居酒屋」。どちらも、既存の業界では「絶対に成立しない」と思われていた組み合わせだ。この逆張り発想は、競合が真似しにくい独自の競争ポジションを生み出す源泉となる。

第二は「業界の常識を顧客視点で問い直す」ことだ。ブックオフでは「古本は目利きが評価するもの」という常識ではなく、「売りたい人がどれだけ手軽に売れるか」という売り手視点で設計した。俺のイタリアンでは「フレンチは高くて当然」という業界常識ではなく、「食べたい人が値段を気にせず食べられるか」という顧客視点で設計した。

坂本孝の革新 関連する補助金・支援制度
50歳でのブックオフ創業——新業態・新カテゴリの確立 創業補助金・小規模事業者持続化補助金
買い取りマニュアル化・パート雇用で標準化 人材開発支援助成金(OJT型研修)
71歳で俺のイタリアン創業——飲食業態転換 事業再構築補助金(業態転換・新分野展開)
高回転率モデルの設計——立食スタイル導入 小規模事業者持続化補助金(店舗改装・設備)
シェフへの権限委譲——人材定着・採用強化 キャリアアップ助成金・人材確保等支援助成金

特に注目したいのが事業再構築補助金との関連だ。坂本が俺のイタリアンで実践した「既存の飲食業態からスタンディング×高原価率モデルへの転換」は、事業再構築補助金が対象とする「業態転換」の典型例だ。自社の強みを活かしながら、提供方法・価格設定・客層を大きく変えることで、まったく新しい競争ポジションを確立する——この手法は、中小飲食店が差別化に悩む際の具体的な参考になる。

また小規模事業者持続化補助金は、坂本がブックオフ創業初期に活用できた代表的な制度だ。販路開拓のための広告・チラシ作成、店舗改装、設備投資を補助するこの制度は、50〜71歳での「シニア起業」にも適用される。年齢制限がなく、事業の「新しさ」や「差別化ポイント」を明確に説明できれば、採択可能性は十分にある。

(出典: 事業再構築補助金 公式サイト小規模事業者持続化補助金 公式サイト

まとめ

坂本孝は1940年生まれ。山梨の精麦業家の息子として育ち、中古ピアノ販売で「価値の非対称性」を学んだ後、50歳でブックオフ1号店を神奈川・相模原に開業した。「本の価値は汚れ具合だけで決まる」「本お売りください」——この2つのルールが古書店業界の常識を覆し、16年で全国1,000店舗・東証1部上場へと育てた。

しかし2007年、リベート問題で会長を引責辞任。稲盛和夫から「盛和塾で何を学んだのか」と叱責を受け、67歳で人生の「奈落」を経験した。それでも坂本は折れなかった。引退後に行列する100店舗以上を分析し直し、「立ち飲み居酒屋」×「ミシュランの味」という答えを導き出し、71歳で俺のイタリアンを新橋に開業した。原価率60%超でも1日3回転以上の回転率で黒字を実現し、飲食業界の常識を2度目に覆した。

2022年1月26日、坂本孝は81歳で逝去した。「業界の常識を問い直し、異業種の発想を掛け合わせ、失敗しても再起する」——坂本が生涯で2度実践したこの哲学は、ビジネスの壁にぶつかっているすべての中小企業経営者への問いかけでもある。あなたの業界の「当たり前」は、本当に当たり前なのか?

参考資料

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この記事を書いた人

松田信介
松田 信介 Shinsuke Matsuda

X-HACK Inc. 代表取締役 / PARKLoT CTO

Microsoft for Startups Founders Hub 採択

X-HACK Inc. 代表取締役。システムコンサルタントとして中小企業の基幹システム構築・業務設計に携わったのち、自ら起業。小規模ビジネスの立ち上げから黒字化までを複数回経験し、採用・資金調達・補助金申請の実務にも精通。「補助金さがすAI」の開発・運営を通じて、経営者が本当に必要とする情報を現場目線で発信しています。

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