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12件の記事

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Forever 21|韓国系移民夫婦が築いた年商40億ドルのファストファッション帝国が破産した理由

Forever 21(フォーエバー・トゥエンティーワン)は、1984年に韓国系移民のドゥウォン・チャン(Do Won Chang)とその妻ジン・スック・チャン(Jin Sook Chang)が米国ロサンゼルスで創業したファストファッションブランドだ。ガソリンスタンドの店員と美容師として渡米した夫婦が

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GM(ゼネラルモーターズ)|世界販売台数77年連続首位の自動車王が政府救済に頼った理由

「アメリカにとってよいことは、GMにとってよいことだ」——1953年、GM社長から国防長官に転じたチャールズ・ウィルソンが議会で述べたとされる言葉は、20世紀のアメリカを象徴するフレーズになった。ゼネラルモーターズ(General Motors、以下GM)は1908年の創業以来、シボレー、キャデラッ

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いきなり!ステーキ|2年で500店舗まで急拡大したペッパーフードサービスがカニバリと社長メッセージで失速するまで

「立ち食いでステーキを安く食べる」——その斬新な発想で外食業界を席巻したのが、ペッパーフードサービスが2013年12月に銀座で立ち上げた「いきなり!ステーキ」だった。グラム単位で量り売りされる分厚いステーキを、立ったまま短時間で味わえるスタイルは、瞬く間にビジネスマンを中心に支持を集めた。出店ペース

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カネボウ|「美の総合企業」が2,000億円超の粉飾決算で産業再生機構送りとなり、115年の歴史に幕を下ろすまで

「カネボウ」——明治・大正・昭和を通じて、日本の女性が一度は手にとった化粧品ブランド、そして日本最大の紡績会社として君臨した名門企業である。1887年(明治20年)の創業以来、115年にわたって「美の総合企業」を標榜し、化粧品・繊維・食品・薬品・住宅と事業領域を広げ続けた。最盛期には連結売上高が1兆

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神戸製鋼所|アルミ・銅の品質データ改ざんが500社に波及した「ものづくり日本」の信頼失墜

「KOBELCO」のブランドで知られる神戸製鋼所は、1905年(明治38年)創業の老舗鉄鋼メーカーである。新日鐵住金(現・日本製鉄)、JFEスチールに次ぐ高炉メーカー第3位として、鉄鋼に加えてアルミ・銅、機械、建設機械、電力と多角化を進め、連結売上高は約1兆8,000億円規模に達していた。しかし20

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コダック|デジタルカメラを世界で最初に発明した王者が、フィルムに固執して破産するまで

「You press the button, we do the rest(ボタンを押すだけ、あとは私たちが引き受ける)」——1888年、米国ニューヨーク州ロチェスターで生まれたイーストマン・コダックのキャッチコピーは、写真撮影を一般大衆のものに変えた革命のスローガンだった。20世紀を通じて、米国の

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ライブドア|時価総額1兆円のIT寵児が粉飾決算と堀江貴文逮捕で消えるまで(2006)

2005年、日本のIT業界に1人の異端児がいた。プロ野球球団買収、ニッポン放送株の電撃取得、フジテレビとの全面対決——。33歳の堀江貴文率いるライブドアは、東証マザーズに上場するIT企業でありながら、時価総額約1兆円にまで膨らみ、旧来の財界・メディアと真正面から衝突した。「お金で買えないものはない」

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MySpace|世界最大SNSが5.8億ドル買収から3500万ドルへ転落した6年間

2006年から2008年にかけて、世界で最も訪問者数の多いウェブサイトはGoogleでもYahoo!でもなく、MySpace(マイスペース)だった。米国カリフォルニア州を拠点とするこのSNSは、2003年の創業からわずか数年で世界最大のソーシャルネットワークの座に上りつめ、2005年7月にはルパート

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長崎屋|サティを率いた中堅GMSの雄が、ディスカウンター戦争で負債3800億円を抱え倒れた理由

1948年に創業した長崎屋は、戦後日本の流通業の歴史を語るうえで欠かせない存在だ。総合スーパー(GMS)「ながさきや」と専門店業態「サティ」を全国に展開し、ピーク時には全国に100店舗を超える規模で売上7000億円台にまで成長した中堅GMSの雄であった。しかし2000年2月、長崎屋は負債総額約380

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日産自動車|カルロス・ゴーンが招いた頂点から逃亡劇までの転落——報酬過少記載・特別背任・楽器ケース脱出

1999年、有利子負債2兆円超を抱え倒産寸前だった日産自動車に、フランス・ルノーから派遣された一人の経営者が乗り込んできた。カルロス・ゴーン——後に「コストカッター」「日産の救世主」と呼ばれることになる人物だ。彼が打ち出した「日産リバイバルプラン」は1年前倒しで達成され、日産はV字回復を遂げた。日本

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ノキア|携帯電話シェア世界1位の巨人がiPhoneに敗れMicrosoftに身売りするまで

フィンランドの森と湖の国から生まれた製紙会社が、長い変身を重ねたのち世界最大の携帯電話メーカーへと到達した。それがノキア(Nokia)である。2007年、ノキアの携帯端末世界シェアは40%を超え、フィンランド一国の輸出の2割以上を担うほどの巨大企業に成長していた。「Connecting People

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NOVA倒産理由の全解剖|不祥事・前払いモデル・信頼失墜

ピンク色のお茶の間ウサギ、「駅前留学」のキャッチコピー、テレビCMで連呼される「NOVAうさぎ」——2000年代前半、英会話学校の代名詞となっていたのが株式会社ノヴァである。1981年に大阪で創業し、最盛期の2006年7月時点で全国に約1,000教室、生徒数は約50万人、外国人講師は約7,000人を