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レナウン|売上2,317億円の名門アパレルが百貨店とともに沈んだ理由
「シンプルがいちばん♪」——そのCMソングを記憶している世代は少なくないだろう。バブル期に世界最大規模のアパレル企業として君臨したレナウンは、ピーク時に年売上高約2,317億円を誇り、「ダーバン」「アーノルド・パーマー」「アクアスキュータム」といったブランドを束ねる名門だった。それが2020年5月、
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「シンプルがいちばん♪」——そのCMソングを記憶している世代は少なくないだろう。バブル期に世界最大規模のアパレル企業として君臨したレナウンは、ピーク時に年売上高約2,317億円を誇り、「ダーバン」「アーノルド・パーマー」「アクアスキュータム」といったブランドを束ねる名門だった。それが2020年5月、
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1960年、東京大学の学生が一つの広告営業で月400万円相当のコミッションを手にしていました。江副浩正——のちにリクルートを創業し、「情報の大衆化」という概念で求人情報市場そのものを生み出した男です。社内では「2位は死だ」が合言葉。その異常なまでの競争意識と情報ビジネスへの確信は、やがて売上1兆円企
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軽井沢の老舗温泉旅館の4代目として生まれた星野佳路は、家業を継ぐことを拒み、アメリカで経営学を学びました。31歳で帰国し社長に就任するも、実父との経営方針の対立で会社を追放されます。2年後、僅差の株主投票でかろうじて復帰。従業員わずか70人、年商5億円の温泉旅館から出発し、倒産寸前の施設を次々と再生
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2010年2月、日本航空が経営破綻して1ヶ月も経たない頃、政府は一人の老人に電話をかけた。78歳、臨済宗の僧籍を持ち、経営の第一線から退いて久しかった稲盛和夫——京セラとKDDIを一代で築いた男だ。「無報酬でかまいません。日本航空を救えるなら」。稲盛はそう言って引き受けた。3年足らず後、JALは東証
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1983年4月15日、千葉県浦安市に東京ディズニーランドが開園した。初年度の来園者数は約1,036万人。以来40年以上にわたり日本最大のテーマパークとして君臨し、2024年3月期のオリエンタルランドの連結売上高は約6,185億円に達している。この壮大なプロジェクトを構想し、ウォルト・ディズニー社との
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2004年、日本のアパレル業界には暗黙の常識があった。「ファッションはネットでは売れない」。試着できない、色味がわからない、ブランドの世界観が伝わらない——理由はいくらでも挙げられた。その常識を、千葉県鳴海の6畳間から輸入CDの通販を始めた元バンドマンが覆すことになる。前澤友作。スタートトゥデイ(現
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1929年の昭和恐慌、松下電器の倉庫は売れない在庫で溢れ返っていた。幹部たちが「従業員を半減するしかない」と訴えると、病床の松下幸之助は言い切った——「松下がきょう終わるんであれば解雇してもええ。けど、わしは将来、松下電器をさらに大きくしようと思うとる。だから、一人といえども解雇したらあかん」。工場
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1997年、インターネット通販がまだ「胡散臭いもの」扱いされていた時代。三木谷浩史は、月額5万円の出店料でわずか13店舗を集め、「楽天市場」をオープンした。初月の売上は約32万円。誰もが「うまくいくわけがない」と思った。しかし、この男は3年後にJASDAQ上場を果たし、やがて売上高2兆円超・7万人超
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1973年7月22日の夜、京都市内の6畳間に4人の男が集まった。ろうそくに火が灯され、28歳の男が宣言した。「会社名は日本電産。永守電産でも京都電産でもない、日本を代表する世界企業になる」——翌朝、彼らが向かったのは桂川沿いのプレハブ小屋。9畳弱の粗末な作業場に、中古のプレス機と旋盤機が置かれている
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1980年、大阪の雑居ビルの一室で、28歳の青年が旅行会社を立ち上げた。資本金500万円、社員2人。売るのは「格安航空券」だけ。当時の旅行業界では、航空券の安売りは「業界秩序を乱す行為」とされ、大手旅行会社や航空会社から激しい妨害を受けた。それでも澤田秀雄は、自分のやり方を一切曲げなかった。HISを
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1981年9月、24歳の孫正義はみかん箱の上に立ち、アルバイト2人を前に叫んだ。「5年で100億、10年で500億。いずれ売上は豆腐のように1丁(兆)、2丁(兆)と数えるようにする」——あまりの発言に、2人はその場に絶句し、まもなく辞めた。しかしこの男は本気だった。16歳で九州から単身渡米し、高校中
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2004年2月、楽天株式会社に勤務する一人のエンジニアが、自宅で趣味のプログラミングを始めました。作ったのはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。開発にかかった期間はわずか数日。公開すると1ヶ月でユーザー1万人を突破。本人いわく「しかたなく」会社を作ることにした——。その男の名は田中良和