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コラム:経営者向け

232件の記事

コラム ·

AIが調査・提案・契約まで担う時代、人間の仕事はどこに残るのか──米国の起業家・投資家6人の答え

AIが企業を調べ、効率化を提案し、営業して契約を取り、伴走までこなす未来を、Kevin O'Leary、Chamath Palihapitiya、Sam Altman、Jensen Huang、Elon Musk、George Hotz はどう語っているか。帝国データバンクの生成AI活用率34.5%・正社員不足51.3%という日本の数字と、AIコールセンターの人とAIの線引きの実例から、「残る人間の席」の中身を整理します。

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なぜ日本の学校は「リーダーシップ」を教えないのか|ディベートなき教室と部活という抜け道

「若手にリーダーシップがない」「指示待ちで自分から動かない」――中小企業の経営者からよく聞く悩みです。しかし、これは個人の資質の問題というより、学校教育の構造そのものに原因があります。日本の生徒は「自分の意見を述べる」「議論する」「自律的に学ぶ」経験が国際的に見ても少なく、リーダーシップを体系的に教

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はてな11.8億円特殊詐欺事件の全貌|調査報告書が明かした「一人で送金できる会社」の恐怖

「はてなブログ」「はてなブックマーク」で知られる上場企業・株式会社はてなから、総額11億7,981万円が外部口座に不正送金される事件が起きました。犯人は外部から侵入したハッカーではありません。警察官を名乗る特殊詐欺グループにだまされた経理部長が、自らの手で会社PCに遠隔操作ソフトを入れ、二段階認証を

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取引先・勤務先の資金繰り悪化を見抜くには|ミュゼ破産に学ぶ危険サインと自衛策

2025年、脱毛サロン最大手のミュゼプラチナムが経営破綻した。数十万円を前払いした会員、給与を数か月受け取れないまま働き続けた従業員約2,300人、売掛金を抱えた取引先——破綻のツケは、会社の内情を知らされていなかった人々に集中した。だが後から振り返れば、危険サインは1年近く前から表に出ていた。倒産

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Jリーグを作った男たち|「時期尚早と言う人間は、100年経っても時期尚早と言う」——無謀と笑われたプロ化に賭けた執念

2026年6月、北中米ワールドカップが開幕しました。日本代表は8大会連続8度目の出場です。いまや「日本がW杯に出る」のは当たり前の風景になりました。しかし、わずか30年あまり前——日本にプロサッカーリーグを作ろうとした男たちは、「無謀だ」「時期尚早だ」と、ほぼ全員から笑われていました。観客はまばら、

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石神秀幸(七宝麻辣湯)|「ラーメン王」が評論する側から作る側へ、中国200軒を食べ歩いて生んだ麻辣湯ブームの仕掛け人

石神秀幸は1972年8月19日、東京都に生まれた。ラーメンへの愛が高じて1995年、テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」のラーメン王選手権・第3回と第4回で優勝。2大会連続制覇という快挙で、一躍「神の舌を持つ男」として知られるラーメン評論家になった。

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AIに頼ると「考える力」は本当に衰えるのか|MIT・Microsoft研究が示す認知的負債のカラクリ

「AIに頼りすぎると、自分の頭で考えなくなるのではないか」——業務にAIを取り入れる経営者なら、一度はよぎる不安ではないでしょうか。SNSでも、AIへの過度な依存が創造性や判断力を弱めるという声が相次いでいます。これは単なる感覚論ではなく、2025年以降、脳波測定や大規模調査による研究が次々と発表さ

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映画『ボイラールーム』に学ぶ|攻めの営業はどこで「詐欺」に変わるのか

電話一本で見ず知らずの相手に株を売りつけ、若くして高級車とブランドスーツを手にする——。2000年公開の映画『ボイラールーム』(Boiler Room)は、ニューヨーク郊外の違法証券会社に飛び込んだ若者たちの狂騒と転落を描いた作品です。「ボイラールーム」とは、狭いオフィスに電話を並べ、ひたすら見込み

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映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』に学ぶ|SNSが市場を動かす時代、経営者が見るべき群衆の力

寂れたショッピングモールのゲーム販売店——誰もが「もう終わった会社」と見なしていたGameStop(ゲームストップ)の株価が、わずか数週間で約17ドルから483ドルへと暴騰しました。仕掛けたのは、巨大ファンドでも著名投資家でもありません。Reddit(レディット)の掲示板に集まった、無数の名もなき個

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映画『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか』に学ぶガバナンス|史上最大級の不正はなぜ止まらなかったのか

かつて「全米で最も革新的な企業」と6年連続で称えられ、株価は90ドルを超え、時価総額は600億ドルに達した会社がありました。エネルギー大手・エンロンです。ところがその会社は、2001年12月、わずか数週間のうちに崩れ落ち、米国史上最大級の倒産劇となりました。2万人を超える従業員が職を失い、年金を含む

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摩天楼を夢みて|「とにかく契約を取れ」が組織を壊すとき。経営者が学ぶ営業マネジメントの限界

本社から派遣された男が、うらぶれた不動産営業所のドアを開けるなり、こう叫びます。「そのコーヒーを置け。コーヒーは契約を取った奴だけのものだ」。そして黒板に三文字を書く——A・B・C。Always Be Closing(常に契約を取れ)。1992年の映画『摩天楼を夢みて』(Glengarry Glen

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映画『インサイド・ジョブ』に学ぶ|リーマンショックの真実と、経営者が備えるべきリスクの見方

2008年9月15日、アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界経済が連鎖的に凍りつきました。なぜ、これほどの規模の崩壊が起きたのか——。その問いに正面から挑み、第83回アカデミー賞 長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したのが『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』(原題:

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ジェリー・マグワイア|大企業を飛び出した男が学んだ「たった1人の顧客」の重み

大手スポーツエージェンシーのトップ営業マンが、ある夜「自分は何のために働いているのか」と自問します。そして利益至上主義への疑問を1枚の提案書にまとめて社内に配ったところ、会社をクビになり、ついてきた顧客はたった1人だけ——。1996年公開の映画『ジェリー・マグワイア』(邦題:ザ・エージェント)は、ト

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映画『ジョイ』に学ぶ起業の現実|主婦発明家が特許・製造・販路をすべて自力で切り拓くまで

割れたグラスを拭いたモップを素手で絞り、ガラス片で手を切った——その小さな苛立ちから、世界で1,000万ドルを売り上げる商品が生まれました。映画『ジョイ』(Joy, 2015年)は、自宅の台所からスタートし、テレビショッピングの女王にまで上り詰めた実在の発明家ジョイ・マンガーノ(Joy Mangan

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経営者が観るべきビジネス映画|『モリーズ・ゲーム』が教える、事業構築力とコンプライアンスの境界線

オリンピックを目指していたモーグル選手が、競技人生を絶たれた後、ロサンゼルスのバーテンダーから身を起こし、ハリウッドの大スターや大富豪が集う「最低参加金1万ドル」の超高額ポーカーゲームを運営する経営者へと駆け上がる——。映画『モリーズ・ゲーム』(Molly's Game、2017年)は、実在の女性モ

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経営者が観るべきビジネス映画『幸せのちから』|ホームレスから証券マンへ、営業の原点がここにある

在庫の医療機器が売れず、家賃も税金も払えない。妻は去り、幼い息子を連れて駅のトイレで夜を明かす——。それでも、無給のインターンを続けながら、最後は証券会社の正社員の座をつかみ取った男がいます。実在するクリス・ガードナーの半生を描いた映画『幸せのちから』(原題: The Pursuit of Happ

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映画『スティーブ・ジョブズ』(2015)|3つの発表会の舞台裏に学ぶ、プロダクト哲学とリーダーシップの光と影

伝記映画というと、生い立ちから成功、晩年まで順を追って描くのが定石です。ところが2015年の映画『スティーブ・ジョブズ』は、その常識を捨てました。描かれるのはたった3つの製品発表会、その「直前の舞台裏」だけ。それぞれ40分ほどの濃密な会話劇が、3幕にわたって続きます。脚本は『ソーシャル・ネットワーク

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アビエイター|天才経営者ハワード・ヒューズの栄光と代償、ワンマン経営に学ぶ

親から受け継いだ会社の利益を、映画と飛行機という「絶対に儲からない」と言われた二つの世界に惜しみなく注ぎ込んだ男がいました。映画『アビエイター』(2004年、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演)が描くのは、実在の大富豪・実業家ハワード・ヒューズ(Howard Hughes、19

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マネー・ショート 華麗なる大逆転|全員が「買い」のとき、数字だけを信じた男たち

「住宅価格は決して下がらない」——2005年のアメリカで、ウォール街の誰もがそう信じていました。そんな中、たった一人の元医師が、何千ページもの住宅ローン契約書を一行ずつ読み込み、「この市場は2年後に崩壊する」という結論にたどり着きます。彼の名はマイケル・バーリ。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転

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ゼア・ウィル・ビー・ブラッド|石油王が手にした富と、失った人間関係。経営者が観るべき「成功の代償」

事業で勝ち続けた先に、何が待っているのか——。2007年公開の映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(There Will Be Blood)は、その問いを突きつけてくる作品です。20世紀初頭、アメリカ西部の石油ブームに乗って財を成した一人の男が、富を増やすほどに人間関係を失い、最後は豪邸の中でたった

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映画『タッカー』に学ぶ|ビッグスリーに挑んだ起業家と、既得権益との戦い方

第二次世界大戦直後のアメリカ。デトロイトの巨大自動車メーカー「ビッグスリー」(GM・フォード・クライスラー)が君臨する業界に、たった一人で挑んだ男がいました。プレストン・タッカー(Preston Tucker、1903〜1956)。彼が世に出した「タッカー'48(通称トーピード)」は、シートベルト、

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映画『ウォール街』に学ぶ経営倫理|「Greed is good」の先にあったもの

「Greed is good(強欲は善だ)」——金融史に残るこの一言は、オリバー・ストーン監督の映画『ウォール街』(1987) で、冷酷な投資家ゴードン・ゲッコーが株主総会で放った演説の一節です。公開から40年近くが経った今も、このセリフは「拝金主義の象徴」として引用され続けています。しかし映画をよ

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ウルフ・オブ・ウォールストリート|暴走する組織とコンプライアンスの教訓

マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演の『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)は、3時間にわたって札束とドラッグとパーティーが乱舞する、爽快ですらある作品です。しかしこの狂騒は、実在の証券会社ストラットン・オークモントと、その創業者ジョーダン・ベルフォートが、約1,50

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コールセンターAI自動化の5段階とは?日本は「書き起こし」、海外は「完全無人応答」へ

「電話対応の人手が足りない」「ベテランが辞めると応対品質が落ちる」「通話内容を記録する事務作業に追われる」。電話を使う中小企業にとって、コールセンター・電話窓口の負担は年々重くなっています。一方で、AIによる電話対応の自動化は急速に進化し、海外では「受電から基幹システムへの登録まで人間が一切介在しな

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サントリーNOPEは本当に売れたのか?発売50日・出荷5,500万本の「その後」を数字で検証

2026年3月24日に発売されたサントリー「ギルティ炭酸 NOPE」は、発売1週間で出荷2,000万本という記録的な初速で話題をさらいました。しかしマーケティングの世界では、本当の勝負は「バズの後」です。話題が一巡したあとも買われ続けているのか、それとも一発花火で終わったのか。発売から2ヶ月半が経っ

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AIで開発は爆速になったのに、なぜ「リリース」は速くならないのか――ボトルネックは「作る」から「決める」へ

AIによってソフトウェア開発の現場は様変わりしました。コードを書く速度は劇的に上がり、これまで数日かかっていた実装が数時間で終わることも珍しくありません。ところが、不思議なことが起きています。「作る」のはこんなに速くなったのに、製品が実際に世に出る――つまり「リリースされる」スピードは、ほとんど変わ

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穴吹工務店|「サーパス」で全国2位に駆け上がった地方マンションデベロッパーが、リーマンショックで負債1400億円に沈むまで

香川県高松市の小さな工務店として1952年に産声を上げた穴吹工務店は、「サーパス」という分譲マンションブランド一本で、地方から全国に勢力を広げた稀有な企業だ。2007年頃にはマンション年間販売戸数で全国2位にまで駆け上がり、東京の大手デベロッパーと肩を並べた。しかし2009年11月24日、同社は東京

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ブロックバスター|DVDレンタル9,000店・6,000万会員の王者がNetflixに敗北するまで

2000年、シリコンバレーから飛んできた小さな郵送DVDレンタル企業の創業者が、ダラスの本社にやってきた。提案は単純だった——「5,000万ドルでうちを買い取ってほしい。代わりにあなた方のオンライン部門を運営させてほしい」。応対したのは、当時世界最大のビデオレンタルチェーンを率いるCEOジョン・アン

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Forever 21|韓国系移民夫婦が築いた年商40億ドルのファストファッション帝国が破産した理由

Forever 21(フォーエバー・トゥエンティーワン)は、1984年に韓国系移民のドゥウォン・チャン(Do Won Chang)とその妻ジン・スック・チャン(Jin Sook Chang)が米国ロサンゼルスで創業したファストファッションブランドだ。ガソリンスタンドの店員と美容師として渡米した夫婦が

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GM(ゼネラルモーターズ)|世界販売台数77年連続首位の自動車王が政府救済に頼った理由

「アメリカにとってよいことは、GMにとってよいことだ」——1953年、GM社長から国防長官に転じたチャールズ・ウィルソンが議会で述べたとされる言葉は、20世紀のアメリカを象徴するフレーズになった。ゼネラルモーターズ(General Motors、以下GM)は1908年の創業以来、シボレー、キャデラッ

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いきなり!ステーキ|2年で500店舗まで急拡大したペッパーフードサービスがカニバリと社長メッセージで失速するまで

「立ち食いでステーキを安く食べる」——その斬新な発想で外食業界を席巻したのが、ペッパーフードサービスが2013年12月に銀座で立ち上げた「いきなり!ステーキ」だった。グラム単位で量り売りされる分厚いステーキを、立ったまま短時間で味わえるスタイルは、瞬く間にビジネスマンを中心に支持を集めた。出店ペース

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カネボウ|「美の総合企業」が2,000億円超の粉飾決算で産業再生機構送りとなり、115年の歴史に幕を下ろすまで

「カネボウ」——明治・大正・昭和を通じて、日本の女性が一度は手にとった化粧品ブランド、そして日本最大の紡績会社として君臨した名門企業である。1887年(明治20年)の創業以来、115年にわたって「美の総合企業」を標榜し、化粧品・繊維・食品・薬品・住宅と事業領域を広げ続けた。最盛期には連結売上高が1兆

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神戸製鋼所|アルミ・銅の品質データ改ざんが500社に波及した「ものづくり日本」の信頼失墜

「KOBELCO」のブランドで知られる神戸製鋼所は、1905年(明治38年)創業の老舗鉄鋼メーカーである。新日鐵住金(現・日本製鉄)、JFEスチールに次ぐ高炉メーカー第3位として、鉄鋼に加えてアルミ・銅、機械、建設機械、電力と多角化を進め、連結売上高は約1兆8,000億円規模に達していた。しかし20

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コダック|デジタルカメラを世界で最初に発明した王者が、フィルムに固執して破産するまで

「You press the button, we do the rest(ボタンを押すだけ、あとは私たちが引き受ける)」——1888年、米国ニューヨーク州ロチェスターで生まれたイーストマン・コダックのキャッチコピーは、写真撮影を一般大衆のものに変えた革命のスローガンだった。20世紀を通じて、米国の

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ライブドア|時価総額1兆円のIT寵児が粉飾決算と堀江貴文逮捕で消えるまで(2006)

2005年、日本のIT業界に1人の異端児がいた。プロ野球球団買収、ニッポン放送株の電撃取得、フジテレビとの全面対決——。33歳の堀江貴文率いるライブドアは、東証マザーズに上場するIT企業でありながら、時価総額約1兆円にまで膨らみ、旧来の財界・メディアと真正面から衝突した。「お金で買えないものはない」

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MySpace|世界最大SNSが5.8億ドル買収から3500万ドルへ転落した6年間

2006年から2008年にかけて、世界で最も訪問者数の多いウェブサイトはGoogleでもYahoo!でもなく、MySpace(マイスペース)だった。米国カリフォルニア州を拠点とするこのSNSは、2003年の創業からわずか数年で世界最大のソーシャルネットワークの座に上りつめ、2005年7月にはルパート

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長崎屋|サティを率いた中堅GMSの雄が、ディスカウンター戦争で負債3800億円を抱え倒れた理由

1948年に創業した長崎屋は、戦後日本の流通業の歴史を語るうえで欠かせない存在だ。総合スーパー(GMS)「ながさきや」と専門店業態「サティ」を全国に展開し、ピーク時には全国に100店舗を超える規模で売上7000億円台にまで成長した中堅GMSの雄であった。しかし2000年2月、長崎屋は負債総額約380

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日産自動車|カルロス・ゴーンが招いた頂点から逃亡劇までの転落——報酬過少記載・特別背任・楽器ケース脱出

1999年、有利子負債2兆円超を抱え倒産寸前だった日産自動車に、フランス・ルノーから派遣された一人の経営者が乗り込んできた。カルロス・ゴーン——後に「コストカッター」「日産の救世主」と呼ばれることになる人物だ。彼が打ち出した「日産リバイバルプラン」は1年前倒しで達成され、日産はV字回復を遂げた。日本

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ノキア|携帯電話シェア世界1位の巨人がiPhoneに敗れMicrosoftに身売りするまで

フィンランドの森と湖の国から生まれた製紙会社が、長い変身を重ねたのち世界最大の携帯電話メーカーへと到達した。それがノキア(Nokia)である。2007年、ノキアの携帯端末世界シェアは40%を超え、フィンランド一国の輸出の2割以上を担うほどの巨大企業に成長していた。「Connecting People

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NOVA倒産理由の全解剖|不祥事・前払いモデル・信頼失墜

ピンク色のお茶の間ウサギ、「駅前留学」のキャッチコピー、テレビCMで連呼される「NOVAうさぎ」——2000年代前半、英会話学校の代名詞となっていたのが株式会社ノヴァである。1981年に大阪で創業し、最盛期の2006年7月時点で全国に約1,000教室、生徒数は約50万人、外国人講師は約7,000人を

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オリンパス|1,178億円の損失を20年間「飛ばし」で隠蔽——内視鏡世界シェア7割の名門が陥った粉飾の闇(2011)

オリンパスは1919年創業の光学機器メーカーで、消化器内視鏡では世界シェア約7割を握る圧倒的なグローバルリーダーだ。日本の医療機器産業を代表する優良企業——その看板の裏側で、20年以上にわたって約1,178億円もの巨額損失を簿外に「飛ばし」、決算書から消し続けていたという事実が2011年に明るみに出

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大戸屋|「店内調理」の和食チェーンが創業者急死とコロワイドの敵対的TOBで経営権を失うまで

「店内調理」「手作り」「健康志向」を旗印に、全国に約350店舗を展開する和食定食チェーンとして親しまれてきた大戸屋ホールディングス。一人客でも気兼ねなく入れる落ち着いた店内で、栄養バランスの取れた定食が手頃な価格で食べられる——その独自路線は、ファストフードでもファミレスでもない第三の外食カテゴリー

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ポラロイド|世界初のインスタント王者が「フィルム消耗品モデル」とデジタル化の波で2度破産するまで

「シャッターを切って60秒、その場で写真が現像される」——1948年、米国マサチューセッツ州に本拠を置くポラロイド(Polaroid Corporation)が世に出した世界初のインスタントカメラ「Model 95」は、写真史を一変させた。創業者エドウィン・ランド(Edwin H. Land)は「2

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シアーズ|全米最大百貨店がEC対応の遅れと財務工学経営で破産するまで

「アメリカの暮らしを支えた百貨店」——シアーズ・ローバック(Sears, Roebuck and Co.)は、1886年の創業以来、120年以上にわたって全米の家庭の日用品から家電、住宅までを供給してきた小売の巨人だった。19世紀末にはカタログ通販で全米津々浦々に商品を届け、20世紀後半には大型百貨

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すき家|業界トップに駆け上がった牛丼チェーンが「ワンオペ」で約250店一時休業に追い込まれるまで

すき家を運営する株式会社ゼンショーホールディングスは、創業者・小川賢太郎が1982年に立ち上げた一介の弁当屋から、わずか四半世紀で外食業界のトップ集団へと駆け上がった。1990年代後半から牛丼チェーン「すき家」を急拡大し、2008年には店舗数で老舗の吉野家を抜いて業界1位に立つ。しかしその急成長を支

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タカタ|エアバッグ世界2位の品質王者が史上最大1億個リコールで戦後最大級の製造業破綻に至るまで

タカタという企業名を、自動車業界の外の人が記憶することは多くなかった。BtoB専業の自動車部品メーカーであり、最終消費者と接点を持つブランドではなかったからだ。しかし、彼らが作っていた製品は、世界中の運転者と同乗者の命を直接守る——シートベルトとエアバッグだった。シートベルトで世界シェア約20%、エ

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セラノス|「1滴の血液で250項目検査」を偽装した評価額90億ドルのユニコーン、ホームズ有罪判決まで

「指先からわずか1滴の血液を採取するだけで、250項目以上の検査を低価格・短時間で実施できる」——その革新的なビジョンを掲げ、19歳のスタンフォード大学中退者が立ち上げたバイオベンチャー「セラノス(Theranos)」は、2014年に評価額90億ドル(約1兆円)に達したシリコンバレー最大級のユニコー

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世界初のパックツアーは1841年のトーマス・クック|178年の老舗旅行代理店はなぜ破綻したのか

「Thomas Cook」——この名前は、英国だけでなく世界の旅行業界の代名詞だった。1841年、英国レスターで一人の宣教師が始めた団体旅行の企画は、やがてパッケージツアーという旅行の概念そのものを発明し、178年にわたって世界中の旅人を運び続けた。最盛期には英国内だけで2,500店舗、年間1,90

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東京チカラめし|「焼き牛丼」で130店超に急拡大、3年で消えた飲食ブームの教訓

「煮る牛丼」が当たり前だった日本の外食市場に、「焼く」という新しい体験を持ち込んだチェーンがあった。2011年6月、新宿東口に1号店を構えた「東京チカラめし」だ。香ばしく焼き上げた牛肉と独自のタレが「肉を食べている実感」を強烈に訴え、開業直後から長蛇の列を生んだ。運営する株式会社三光マーケティングフ

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フォルクスワーゲン|「クリーンディーゼル」を装った不正ソフトが1,100万台に仕込まれていた日(2015)

2015年9月18日、米国環境保護庁(EPA)が一通の通告書を公表した。フォルクスワーゲン(VW)製のディーゼル車に、排ガス試験のときだけ浄化装置をフル稼働させ、通常走行では機能を抑える「ディフィートデバイス(無効化装置)」が仕込まれている——。対象車両は世界で約1,100万台に及び、VWは即座に不

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ワタミ|居酒屋「和民」660店超の急成長から「ブラック企業大賞」と大量閉店に至るまで

「夢に日付を。」——創業者・渡邉美樹のこの言葉は、起業家のバイブルとして広く知られている。1984年に渡邉が創業し、1986年に「居食屋 和民」1号店を東京・笹塚にオープンしたワタミは、2000年代半ばには国内外で660店超を展開する居酒屋業界トップクラスのチェーンに駆け上がった。介護・宅食・農業へ

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ワイヤーカード|DAX採用フィンテックの寵児が19億ユーロ架空残高で破綻するまで

ドイツ・ミュンヘン郊外のアシュハイムに本社を置くワイヤーカード(Wirecard AG)は、欧州を代表する決済テクノロジー企業として2010年代を駆け抜けた。2018年9月にはドイツ株価指数DAX30の構成銘柄に採用され、時価総額で名門コメルツ銀行を抜き去る快挙を達成。「ドイツのフィンテック国家戦略

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ワールドコム|380億ドル粉飾と1,070億ドル負債——史上最大級の会計不正と破綻(2002)

1990年代後半、米国のインターネット普及と通信自由化の波に乗り、ワールドコム(WorldCom)は世界第二の長距離通信キャリアまで駆け上がった。CEOバーナード・エバースは「次世代のAT&T」と称され、株価は10年で30倍超に高騰。1998年には旧MCIを約370億ドルで買収し、年間売上は390億

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AOL-タイムワーナー|史上最大1,640億ドル合併が990億ドル評価損で崩壊するまで(2000-2003)

2000年1月10日、ウォール街は驚愕に包まれた。インターネット接続サービスの王者AOL(America Online)が、メディア帝国タイムワーナーを1,640億ドル(当時の為替で約17兆円)で買収すると発表したのだ。AOLの時価総額1,640億ドルに対し、タイムワーナーの時価総額は約830億ドル

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ボーイング|737MAXのコスト削減優先が招いた2件の墜落事故と200億ドル超の損失(2019)

2018年10月29日、ライオン航空610便。2019年3月10日、エチオピア航空302便。半年も経たないうちに、ボーイング737MAX 8型機が立て続けに墜落し、合わせて346名の命が失われた。事故原因は、新型エンジン搭載に伴って後付けされた失速防止装置「MCAS」の設計欠陥と、それをパイロットや

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JAL|ナショナルフラッグの巨額放漫経営が招いた負債2.3兆円・会社更生法(2010年)

2010年1月19日、日本の戦後経済史に残る巨大企業破綻が起きた。日本航空(JAL)が東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請したのだ。負債総額は2兆3,221億円——事業会社の倒産としては当時、戦後最大級の規模だった。日本のナショナルフラッグ・キャリアとして半世紀にわたり日本の翼を担ってきた名門が、

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三菱重工MRJ失敗から学ぶ|開発中止と大型投資の落とし穴

1962年に初飛行したプロペラ旅客機「YS-11」以来、日本は半世紀にわたって国産旅客機を持たない時代を過ごした。その空白を埋めるべく、三菱重工業が社運をかけて挑んだのが国産初のジェット旅客機「MRJ(Mitsubishi Regional Jet、後の SpaceJet)」プロジェクトだった。20

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シャープ|堺工場4,300億円の賭けと液晶価格暴落、鴻海買収までの転落劇

「目の付けどころが、シャープでしょ。」——このキャッチコピーとともに、2000年代のシャープは「液晶のシャープ」として世界の頂点に立っていた。亀山工場で生産される高品質テレビは「亀山ブランド」として消費者の信頼を勝ち取り、2007年3月期には連結売上高3兆1,277億円、過去最高益を更新した。だが、

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スカイマーク|A380を6機発注した中堅航空会社がキャンセル料で民事再生に追い込まれた経緯

1996年に設立されたスカイマークは、日本の航空業界に新規参入した「第三の航空会社」として注目を集めた。JAL・ANAの二大寡占に風穴を開け、低価格路線で旅客数を伸ばし、2014年3月期には連結売上高859億円を計上するまで成長した。しかし2014年7月、エアバスが超大型機A380を6機・総額1,9

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ソニー|コロンビア映画買収5,000億円が3,200億円評価損に化けた「ハード×ソフト融合」の蹉跌

1989年9月、ソニーは米コロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメントを34億ドル(約4,800億円)で買収した。さらに約16億ドルの債務を引き継ぎ、買収総額は約60億ドル(当時のレートで6,000億円超)に達する、日本企業による当時史上最大級の対外M&Aだった。「ジャパンマネーがハリウッドを買った

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東芝|ウェスチングハウス買収6,600億円の賭けが招いた原発コスト膨張と巨額減損(2017)

かつて「総合電機の雄」として日立製作所と並び称された東芝。創業140年以上の歴史を持ち、半導体・原子力・社会インフラ・家電と幅広い事業を展開してきた日本を代表する企業だ。しかし2006年、東芝は米原子力大手ウェスチングハウス(WH)を当初想定の2倍以上にあたる約6,600億円で買収。この賭けが、20

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WeWork|評価額470億ドルからIPO撤回、2023年連邦破産法11条申請までの転落

2019年初頭、WeWorkは世界中のスタートアップ業界から「次のユニコーン」「働き方を変える革命児」と称賛されていた。プライベート市場での評価額は470億ドル(当時のレートで約5兆円)に達し、創業者のアダム・ニューマンはシリコンバレーの寵児として君臨していた。ソフトバンク・ビジョンファンドが累計1

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新井隆二(ビックカメラ)|「家電は郊外」の常識を覆し、池袋駅前を日本一の家電聖地に変えた男

1978年、東京・池袋。群馬県高崎市の小さなカメラ販売店「高崎DPセンター」を構えていた32歳の新井隆二(あらい・りゅうじ、通称・隆司)は、東京進出の地としてあえて池袋駅前を選んだ。当時の常識は「家電は郊外ロードサイド」——大型店は地代の安い郊外に駐車場付きで構えるのが定石だった。だが新井は、徒歩客

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ベルナール・アルノー(LVMH)|父の建設会社を売却し「ディオール」を手に入れた『侵略者』の異常な情熱

1984年、フランス・パリ。土木建設業の家業を継いだ35歳の若き経営者ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)は、ある決断を下した。父から受け継いだ建設会社「フェレ・サヴィネル」の不動産部門を売却し、その資金4000万フランを懐に、経営破綻していた繊維コングロマリットブサック社の買収に

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ロバート・ボッシュ|不合格品を自ら叩き割り、世界に先駆けて1日8時間労働を導入した「品質と人」への異常な情熱

1886年11月15日、ドイツ南西部シュトゥットガルト。職人と使い走りの少年、わずか二人を従えて、25歳の若者が「精密機械と電気工学の作業場」の看板を掲げた。男の名はロバート・ボッシュ(Robert Bosch、1861-1942)。当時、ガソリン自動車という新しい乗り物が産声を上げたばかりで、その

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ガブリエル・シャネル(CHANEL)|孤児院で育ち「女性をコルセットから解放する」と宣言し服飾の歴史を変えた異常な情熱

1883年、フランス中部の田舎町ソミュール。行商人の父と病弱な母のあいだに生まれたガブリエル・ボヌール・シャネル(Gabrielle Bonheur Chanel)は、12歳で母を亡くし、父に捨てられるようにオバジーヌ修道院付属の孤児院へ預けられた。施設で身につけた「縫う」という技能だけを武器に、お

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アンドレ・シトロエン(Citroën)|砲弾を日産5万発・ヨーロッパのフォードを目指した『前輪駆動』の異常な情熱

1914年、第一次世界大戦の戦火に包まれたフランス。砲弾の絶望的な不足にあえぐ陸軍に対し、当時36歳の砲兵将校アンドレ・シトロエン(André Citroën, 1878–1935)は驚くべき提案を持ち込んだ。「パリのジャベル河岸に巨大工場を建て、砲弾を1日5万発製造する」——常識を覆す計画は採用さ

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ジョン・ポール・デジョリア(ポール・ミッチェル)|資本金700ドル・車中生活で身なりを整え、サロンに飛び込み営業した男の異常な情熱

1980年、米ロサンゼルス。1台の古いロールスロイスが、ある男の自宅であり、オフィスであり、移動式倉庫だった。男の名はジョン・ポール・デジョリア(John Paul DeJoria, 1944〜)。当時36歳、養護施設で育ち、百科事典の訪問販売を経て、ヘアケア大手レッドケンを解雇された彼は、ヘアスタ

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レイ・ドルビー(ドルビー研究所)|16歳でAmpex入社・インドの録音現場で着想した「ノイズリダクション」が映画館の標準になった情熱

1965年、ロンドン。32歳のレイ・ドルビー(Ray Dolby)は、わずか4人のスタッフとともに「ドルビーラボラトリーズ」を立ち上げた。彼の手には、インド・ニューデリーで国連の科学計測ラボ立ち上げの任務に就いていた2年間に着想したアイデアがあった。「テープ録音のノイズだけを選び出して消す回路」——

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ジェームズ・ダイソン|5年・5,127台の試作機と妻の美術教師の給料で家族を養った「サイクロン狂い」の情熱

1978年、英国コッツウォルズの片田舎。31歳のジェームズ・ダイソン(James Dyson)は、ヴィクトリア朝の古い屋敷を自ら改装していた。粉塵まみれの作業の中、彼は妻が買い与えた紙パック式掃除機が「使うほどに吸引力が落ちる」事実に苛立っていた。「ゴミ袋が詰まっていないのに、なぜ吸わないのか」——

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エンツォ・フェラーリ(フェラーリ)|FIATに不採用・トリノの雪のベンチで泣いた男が築いた跳ね馬の王国

1919年、第一次世界大戦から復員した21歳の青年は、雪の舞うトリノの公園のベンチで一人泣いていた。彼の名はエンツォ・フェラーリ。父と兄をスペイン風邪で立て続けに失い、頼みの綱だったイタリア最大の自動車メーカーフィアット(FIAT)の入社試験には不採用——後に自伝に「わたしは雪の降るトリノの公園のベ

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アンディ・グローブ(Intel)|ナチスから隠れ、ソ連軍を逃れ、皿洗いから首席卒業——「パラノイアだけが生き残る」男の情熱

1956年11月、ハンガリー・ブダペスト。ソ連軍の戦車が街を制圧する中、20歳のアンドラーシュ・グローフ(後のアンディ・グローブ)は一晩中ソ連兵を避けながら、友人と二人で国境を越えてオーストリアへ逃げた。手元には英語の本一冊もなく、家族に別れを告げる時間すらなかった。難民船でニューヨークに渡り、ブル

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早川徳次(シャープ)|関東大震災で工場・妻・子2人を一夜で失い、大阪で日本初のラジオを生んだ男

1923年(大正12年)9月1日、東京・本所。早川徳次(はやかわ・とくじ)は29歳だった。シャープペンシルの大ヒットで工場は林町120坪、亀戸にも分工場を構え、従業員200人を抱える金属加工事業者として、波に乗っていた。その日の正午前——マグニチュード7.9の関東大震災が首都圏を襲った。工場は全焼。

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ヘンリー・フォード(フォード・モーター)|食肉解体場の流れ作業を丸一日見学し、5ドル日給と8時間労働で世界を変えた男の異常な情熱

1913年、米国ミシガン州ハイランドパーク。1台あたり12時間以上かかっていた自動車の組立工程が、わずか1時間33分に短縮された。世界初の移動式組立ライン(moving assembly line)の誕生である。発案者はヘンリー・フォード(Henry Ford, 1863–1947)。ミシガン州の農

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ミルトン・ハーシー(Hershey's)|3度の倒産、成功中のキャラメル工場を100万ドルで売却し全てチョコにベットした男の情熱

1893年、シカゴ。ペンシルベニア州ランカスターから一人の菓子職人が世界博覧会(コロンビア万博)の会場に立っていた。ミルトン・スネイバリー・ハーシー(Milton Snavely Hershey、1857〜1945)、当時36歳。彼はそこで運命の機械に出会う——ドイツ製のチョコレート製造機だ。フィラ

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本田宗一郎(本田技研工業)|妻の指輪を質に入れて再起、油まみれの手でマン島TT世界一を掴んだ男の異常な情熱

1946年(昭和21年)秋、終戦から1年。静岡県浜松市の焼け野原に、たった一人の中年男が「本田技術研究所」という大袈裟な看板を掲げた。所員は本人だけ。資本金もろくにない。最初に売り物にしたのは、軍の放出品である小型エンジンをくっつけた自転車——通称「バタバタ」だ。男の名は本田宗一郎(ほんだ・そういち

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池森賢二(ファンケル)|妻の肌荒れから生まれた「無添加化粧品」、業界に10年間無視された男の異常な情熱

1980年(昭和55年)、横浜市。43歳の池森賢二(いけもり・けんじ)は、自宅で妻の肌荒れに苦しむ姿を目の当たりにしていた。「化粧品をつけると、かえって肌が荒れる」——妻だけではない。同じ悩みを抱える女性が日本中にいることを、池森は察知していた。原因は何か。当時の化粧品業界が「品質保持のため当然」と

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石橋正二郎(ブリヂストン)|久留米の足袋屋から「日本でタイヤは作れない」を覆し世界一を築いた創業者の情熱

1930年(昭和5年)4月9日、福岡県久留米市。一本のタイヤが完成した。日本人の手による、日本初の国産自動車タイヤである。当時、世界のタイヤ市場はダンロップ、グッドイヤー、ファイアストンといった欧米の巨大メーカーが寡占していた。「日本人にタイヤなど作れるはずがない」——そう冷笑するのが当時の常識だっ

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石橋信夫(大和ハウス工業)|鮎釣りの帰り道、子供の一言が生んだ「3時間で建つ家」と売上5兆円企業

1950年代後半、奈良の片田舎。石橋信夫(いしばし・のぶお)は鮎釣りの帰り道、川辺で遊ぶ子供たちの何気ない会話に耳を傾けていた。「自分だけの勉強部屋が欲しい」「離れの部屋があったらなあ」——狭い家に何人もの兄弟がひしめき合って暮らす戦後日本では、子供たちにとって「自分の部屋」は切実な夢だった。その瞬

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岩田聡(任天堂)|HAL研究所の借金を一人で背負った33歳社長、Wiiで「ゲーム人口拡大」を成し遂げた異常な情熱

1993年、東京・赤坂の喫茶店。HAL研究所の経営は事実上の破綻状態にあった。負債は15億円、社員の給料も滞りかねない状況だ。33歳のプログラマー岩田聡(いわた・さとる)は、再建のために任天堂・山内溥社長と対峙していた。山内が出した条件は明快だった——「再建するなら、お前が社長になれ」。岩田は迷いな

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鍵山秀三郎(イエローハット)|素手で便器を磨く掃除を60年以上続け、海外まで広げた「凡事徹底」の経営者

1953年(昭和28年)、20歳になったばかりの鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう)は、自動車部品商社「デトロイト商会」に入社した。会社のトイレは汚れ放題で、職場の雰囲気も荒んでいた。彼は誰にも頼まれず、誰にも言わず、ただ一人で素手でトイレ便器を磨き始めた。これが彼の人生を貫く習慣となる。1961年

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シャヒド・カーン(Flex-N-Gate)|16歳・所持金500ドル・時給1.2ドルの皿洗いから「NFL初のマイノリティ・オーナー」へ駆け上がった男の異常な情熱

1967年、パキスタン・ラホールから来た16歳の少年がアメリカ・イリノイの空港に降り立った。所持金はわずか500ドル。彼の名はシャヒド・ラフィク・カーン(Shahid Rafiq Khan)——後にアメリカで「Shad Khan」と呼ばれることになる男だ。最初の夜は大学YMCAの一泊2ドルの部屋で過

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イ・ゴンヒ(Samsung)|在庫15万台を社員の前で焼き払い「妻と子以外すべて変えろ」と叫んだ二代目の異常な情熱

1995年3月、韓国・亀尾(クミ)市のSamsung電子工場前の広場。約2000人の社員が見守る中、不良品の判定を受けた携帯電話、FAX、無線機など合計約15万台の製品が積み上げられた。時価にして約500億ウォン(当時のレートで約150億円相当)。製品の上には「品質は私の人格でありプライドだ」と書か

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松田栄吉(吉野家)|1899年・日本橋魚河岸に立った「日本初のファストフード」を作った男の情熱

1899年(明治32年)、東京・日本橋の魚河岸。江戸前の魚を取り扱う威勢の良い男たちが行き交うこの場所で、大阪から上京した一人の男が牛丼屋の暖簾を上げた。松田栄吉(まつだ・えいきち)——後に世界中で1日数百万食の牛丼を売ることになる「吉野家」の創業者だ。マクドナルドが日本に上陸したのは1971年。松

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松尾雅彦(カルビー)|「ポテトチップスが棚でホコリをかぶる」現実への怒りが生んだ製造年月日刻印という革命

1990年代初頭、都内のあるスーパーマーケットの菓子棚。松尾雅彦(まつお・まさひこ、1941-2018)は、自社が作ったポテトチップスの袋を一つ取り上げ、軽く握った。ガサッと音を立てて袋が潰れる——湿気で油脂が酸化し、本来のパリパリ感を失った商品だ。袋には「いつ作られたか」を示す表記はない。流通在庫

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三森久実(大戸屋)|15歳で養子・22歳で事業承継・火災を機に「女性が一人で入れる定食屋」を生んだ情熱

1957年、山梨県山梨市。観光ブドウ園を営む家に生まれた三森久実(みもり・ひさみ)は、15歳のとき単身上京し、東京・池袋で「大戸屋食堂」を営む叔父・栄一の養子に入る。22歳で叔父が急逝、池袋駅東口の48坪・1日1000人が押し寄せる「全品50円均一」の大衆食堂を、若き三森が引き継ぐことになった。順風

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森永太一郎(森永製菓)|23歳で渡米→失意の住み込み修行11年、2坪の工場から始まった「お菓子で日本人を強くする」情熱

1899年(明治32年)8月、東京・赤坂溜池の片隅。森永太一郎(もりなが・たいちろう、1865-1937)は、わずか2坪の小さな工場で日本初の本格的な西洋菓子製造を始めた。34歳。それまでの11年間をアメリカで過ごし、九谷焼の行商に失敗して無一文となり、サンフランシスコの洋菓子店に住み込みで働きなが

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仲田祐一(ピジョン)|約6年・1000人の母親に謝礼を払い「おっぱい社長」と呼ばれた哺乳器一筋の情熱

1949年、神奈川県茅ヶ崎市。終戦から4年、シベリア抑留の地獄を生き延びて帰国した仲田祐一(なかた・ゆういち)は、戦争で痩せ細った赤ちゃんたちを目にして決意した。「日本の未来は赤ちゃんにある」——そして同年、わずかな資金と仲間を頼りに「ピジョン哺乳器本舗」を立ち上げた。しかし仲田の挑戦はそこから始ま

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中内㓛(ダイエー)|「よい品をどんどん安く」を掲げ松下電器と30年戦争を戦った価格破壊の情熱

1957年9月23日、大阪市旭区の京阪本線千林駅前。終戦から12年、フィリピン戦線で虫を食べて生き延び、手榴弾で瀕死の重傷を負った男が、ひとつの薬局を開いた。中内㓛(なかうち・いさお)、35歳。店の名は「主婦の店ダイエー薬局」。薄暗い米軍基地の倉庫に積まれたアイスクリームを目撃し「日本人にも、お腹い

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似鳥昭雄(ニトリ)|米国視察で号泣した青年が掲げた「日本の暮らしを豊かに」36期連続増収増益の原点

1972年、米国・ロサンゼルス。28歳の青年が、現地の家具量販店の店内で立ち尽くしていた。似鳥昭雄(にとり・あきお)——札幌で小さな家具店を営む創業5年目の経営者だ。目の前に並ぶソファ、ベッド、ダイニングセット。そのどれもが、日本で売られている同等品の3分の1の値段だった。広々とした住宅に、品質の良

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POP吉村(ヨシムラジャパン)|素手で削るエンジンと「世界初の集合マフラー」——零戦整備士が世界を獲った異常な情熱

吉村秀雄は1922年(大正11年)11月10日、福岡県朝倉郡に生まれた。少年時代から機械いじりが好きで、近所の自転車屋に出入りしては部品を分解しては組み立て直していた。「動くものの仕組みを知りたい」——この子供じみた好奇心が、彼の生涯を貫く軸となった。

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アニタ・ロディック(The Body Shop)|葬儀屋に挟まれた一号店、苦情を全国報道に変えた「異常な情熱」

1976年3月27日、英国南海岸の保養地ブライトン。33歳のアニタ・ロディック(Anita Roddick)は、夫が南米横断旅行に出かけている間に家計を支えるため、たった1店舗の小さな化粧品店「The Body Shop」を開業した。資金は銀行から借りた4000ポンド。物件は2軒の葬儀屋に挟まれた場

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鈴木孝之(ウエルシア薬局)|15坪の薬局に化粧品と酒を並べた男、余命宣告の病床から1兆円企業の未来を託した執念

1965年12月、埼玉県春日部市。明治薬科大学を卒業した一人の薬剤師が、わずか15坪の小さな薬局を開いた。男の名は鈴木孝之(すずき・たかゆき)。当時の薬局は処方薬と一般薬を売るだけの「待つ商売」だったが、彼の発想は当時の常識からかけ離れていた。「薬局に化粧品も酒も日用品も並べれば、調剤の待ち時間に楽

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滝崎武光(キーエンス)|2度の倒産を経た尼崎の高卒起業家が築いた営業利益率50%超・時価総額10兆円の異端モデル

1974年、兵庫県尼崎市。2度の起業失敗を経験した29歳の滝崎武光(たきざき・たけみつ)は、3度目の挑戦として「リード電機」を立ち上げた。学歴は兵庫県立尼崎工業高校卒。慶應・東大の名門エリートではなく、町工場が密集する尼崎で電気と向き合い続けた職人の道だ。それから半世紀後の2024年3月期、彼が育て

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ニコラ・テスラ|睡眠2時間で交流電流を証明し「電流戦争」でエジソンに勝った発明家の異常な情熱

1884年、米ニューヨーク。ポケットにわずか4セントと「あるアイデア」が書かれた紙片だけを持って上陸した一人の若き移民がいた。ニコラ・テスラ(Nikola Tesla、1856-1943)——後に「現代の電気文明を発明した男」と称される人物だ。彼が紙に書き留めていたのは、当時の電気工学を根底から塗り

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鳥井信治郎(サントリー創業者)|「やってみなはれ」周囲全員が反対した赤玉ポートワインとウイスキー国産化に賭けた男

1923年(大正12年)、京都府乙訓郡山崎村。鳥井信治郎(とりい・しんじろう、当時44歳)は、湿潤な気候と良質な水に恵まれたこの地で、日本初の本格ウイスキー蒸溜所の建設に取りかかった。総工費は当時の金額で200万円——現在の貨幣価値に換算すれば数十億円規模の途方もない投資だ。社内の役員も、銀行家も、

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豊崎賢一(スシロー)|セントラルキッチン全廃・店内調理に賭けた職人社長の異常な情熱

1984年10月、大阪府豊中市。辻調理師専門学校を卒業したばかりの19歳の青年が、「鯛すし」を母体に立ち上がったばかりの回転寿司「すし太郎」(後の「スシロー」)に職人として加わった。名は豊崎賢一(とよさき・けんいち)。徳島県生まれ、当時の彼はまだ一介の寿司職人に過ぎなかった。しかしこの男が、後に業界

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土屋嘉雄(ベイシアグループ)|妻と2人の衣料店から、M&Aなし自力成長で1兆円グループを築いた群馬の小売王

1958年(昭和33年)、群馬県伊勢崎市。江戸時代から続く埼玉・深谷の「いせや呉服店」を継がず、26歳の土屋嘉雄(つちや・よしお)は妻と二人で衣料品店「いせや」を独立開業した。この小さな店が、後にベイシア(スーパーマーケット)、カインズ(ホームセンター)、ワークマン(作業服)、セーブオン(コンビニ)

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山田昇(ヤマダ電機創業者)の経歴|妻と2人・8坪の電気屋から「死ぬ気でやる」50年で売上1兆円

1973年(昭和48年)、群馬県前橋市。日本ビクター(現JVCケンウッド)に10年勤めた30歳の山田昇(やまだ・のぼる)は、妻と二人で8坪(約26平方メートル)の家電店「ヤマダ電化サービス」を構えた。松下電器産業(現パナソニック)の系列店として街角に小さく灯った看板は、その後50年で、日本の家電量販

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山葉寅楠(ヤマハ)|オルガン1台を箱根越え250km徒歩で運んだ男が築いた「楽器の街・浜松」

1887年(明治20年)夏、静岡県浜松。山葉寅楠(やまは・とらくす、1851-1916)は、自ら完成させたばかりのオルガンを天秤棒で担ぎ、相棒の河合喜三郎と二人で東京を目指して歩き始めた。距離およそ250キロメートル。鉄道網がまだ十分に整っていない時代、最大の難所は箱根の峠だった。木製の重い楽器を山

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山本善政(ハードオフ)|売上半減から「下取り品が売れる」と気づいた瞬間、リユース業を1000店舗に育てた新潟発の挑戦

1993年(平成5年)2月11日、新潟市紫竹山。山本善政(やまもと・よしまさ)は、自ら立ち上げた新業態の1号店「ハードオフ新潟紫竹山店」のオープン日を迎えていた。20年余り守り続けたオーディオ専門店「サウンド北越」がバブル崩壊で売上半減。倒産寸前の中、最後の賭けで挑んだのが「中古オーディオの買取販売

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山内溥(任天堂)|22歳の3代目社長が花札メーカーを世界的ゲーム企業に変えた「ハードはソフトのドレイ」の哲学

1949年、京都。早稲田大学法学部に通っていた22歳の山内溥(やまうち・ひろし)は、祖父・山内積良の急逝の報を受けて大学を中退し、家業である任天堂骨牌(こっぱい)の3代目社長に就任した。花札とトランプを製造する小さな京都の老舗——それが、後に世界のゲーム業界を支配する「任天堂」の出発点だ。就任直後、

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会社は「合法的な独裁国家」である|資本主義が許容する異常なリスクテイクの仕組み

近代の民主主義国家では、大統領であっても議会の承認なしに巨額の予算を動かすことはできません。政策ひとつ変えるのに年単位の時間がかかることも珍しくない。ところが企業という空間では、たった一人の経営者が数千億円規模のリソースを即日で振り向け、数万人の従業員の運命を変える決定を下せます。イーロン・マスクが

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日本人の73%が「役に立つ」、米国の61%が「人類への脅威」──AIの受け止め方が日米でここまで違う理由

同じ「AI」というテクノロジーを前にして、日本と米国の生活者の受け止め方は驚くほど対照的です。Adobeが14カ国・13,000人の消費者を対象に2023年に実施した調査では、日本の消費者の73%が生成AIを「役に立つ」と評価し、「悪の権化」と答えた人はわずか2%でした。一方、ほぼ同時期にReute

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「知能が希少」だった時代の終わり――AI時代の資本主義で中小企業はどう生き残るか

「資本主義は、ほぼ一夜にして何十億もの疲れ知らずの天才レベルの労働者が現れるという経験を一度もしたことがない。私たちが持つすべての経済モデルは、知能が希少な世界のために作られたものだ」。この言葉が示すのは、いま起きている変化の本質です。AIの推論コストは年間200倍のペースで下落し、OpenAIのサ

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「テストステロンを飲んだと信じた女性」は攻撃的になる|化学反応より強かった思い込みの力

「テストステロン=攻撃的なホルモン」というイメージは、映画やビジネス書で繰り返し語られてきた。しかし2010年、スイス・チューリッヒ大学のEiseneggerらが Nature 誌に発表した実験は、その通説を真っ向から覆した。女性にテストステロンを実際に投与すると、公正で対立の少ない行動が増えた。一

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井脇ノブ子|「人殺しの家」の末っ子が国会議員になるまで——6回落ちても諦めなかった女

大分県の漁村。電気も水道も通らない家で、9人きょうだいの末っ子として生まれた少女は、小学4年生のとき「人殺しの妹」と呼ばれるようになりました。次兄の冤罪事件です。毎日海に潜ってサザエを採り、家族の裁判費用を稼ぎながら、彼女は誓いました——「こんなときこそ助けてくれるのが国会議員じゃないのか。なら、自

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Web3バブル顛末記――STEPN・OpenSea・Axieから日本企業の追従失敗まで、藻屑となったサービスとNFT「ただのデータ以下」問題の全記録

2021年から2022年にかけて、暗号資産・NFT・メタバース・Play to Earn といった「Web3」関連のキーワードが世界を席巻しました。ソフトバンクは Sandbox に9,300万ドルを出資し、Nike は RTFKT を買収、楽天・LINE・メルカリ・スクウェア・エニックスといった日

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事業の停滞期に経営者が崩れることがある構造|ドーパミン報酬系と引退アスリート研究

事業を順調に成長させてきた経営者が、停滞期や売却の直後に、散財や依存的な行動を見せる事例がしばしば指摘される。意志の弱さや倫理の問題として片づけられがちだが、神経科学と引退アスリートを対象にした研究を重ねると、より構造的な説明が可能なように見える。本稿では、ドーパミン報酬系の研究と、NFL選手・プロ

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犯罪者になる人、経営者になる人|意外な共通点と決定的な違い

「成功する経営者と犯罪者は紙一重」——居酒屋の与太話のようなフレーズですが、脳科学と経済学の蓄積を読むと、ここには無視できない真実があります。ハーバード大学の Levine と Rubinstein が QJE(経済学トップジャーナル)に発表した論文では、成功した起業家は若年期に違法行為に手を染めた

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「マイノリティ・リポート」はもう来ている — AI行動予測のディストピア化リスク

スティーブン・スピルバーグ監督の映画『マイノリティ・リポート』(2002) が描いたのは、犯罪が起きる前に予知して逮捕する近未来だった。当時はSFの極北として消費されたこの設定は、いまや過去のものになりつつある。米国の刑事司法はすでに COMPAS という再犯リスク予測アルゴリズムを20年以上運用し

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アマンシオ・オルテガ(Zara)|14歳で中退してシャツを配達、リビングの床でミシンを踏み翌日即売した創業者の情熱

1975年5月9日、スペイン北西部の港町アコルーニャのカジェ・フアン・フロレスに、一軒の洋服店がオープンした。本来なら「ゾルバ」という名になるはずだった——近くに同名のバーがあることがわかり、看板業者が手元のアルファベット文字を並べ替えた結果、「ZARA」という名が生まれた。この小さな偶然から始まっ

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ハワード・シュルツ(スターバックス)|貧民街育ち、242回断られた男が「第三の場所」を世界に広げた情熱

1985年、ニューヨーク出身の32歳の男が、コーヒー豆の卸売会社を辞めて独立した。手元には夢のビジネスプランが一枚。彼は242人の投資家を訪ね歩き、そのうち217人に断られた。「アメリカにはイタリアのようなコーヒー文化はない」「そんなにコーヒー1杯に金を払う人間はいない」——拒絶の理由は毎回似たよう

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森稔(森ビル)|地権者400人・17年の交渉を貫いた「都市を変える」異常な情熱

2003年4月25日、東京・六本木に高さ238メートルの森タワーを中心とする巨大複合施設「六本木ヒルズ」が開業した。それまで幅4メートル弱の細い路地に木造家屋が密集し、「東京の恥部」とも呼ばれた地区が、年間4,000万人の来街者を集める都市へと変貌した瞬間だった。開業56日目には来街者1,000万人

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元谷外志雄(アパグループ)|27歳独立・3度の大危機を逆張りで制した「53期連続黒字」の不動産王

「あのとき東京の不動産を全部売っておかなければ、今のアパグループはなかった」——元谷外志雄(もとや としお)は1987年、日本全土が「地価は上がり続ける」という幻想に酔いしれていたまさにその瞬間、自社の東京・大阪の物件を一括売却してキャッシュを手元に引き寄せた。根拠は単純明快だった。「収益還元法」—

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大久保秀夫(フォーバル)|25歳で電電公社の牙城に法律の隙間から参入、自腹33億円で日本の通信を変えた情熱

「法律をよく読んだら、1回線1台だけ電電公社の電話を借りれば、あとは民間で売っていい」——その一文が大久保秀夫(おおくぼ ひでお)の人生を変えた。1980年、25歳。日本中の企業が電電公社から電話機を借り続けることを疑いもしない時代に、大久保は「これは何千万社もの企業を顧客にできるビジネスだ」と確信

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フィル・ナイト(NIKE)|24歳で神戸に直談判、会社名がギリギリまで決まらなかった創業者の情熱

1962年11月、スタンフォード大学でMBAを取得したばかりの24歳の青年が、日本・神戸のオニツカタイガー本社に突然現れた。アポイントはなかった。会議室に通されると、担当者から「どんな会社の代表ですか?」と問われた。その瞬間、青年は子どもの頃に寝室に飾っていた陸上大会の青いリボンを思い出し、とっさに

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ラルフ・ローレン(Polo)|「幅が広すぎる」と全断りされたタイを百貨店の一角で直売し完売させた創業者の情熱

1967年、ニューヨークのタイメーカーで働く28歳の若者が、バイヤーたちに向けてサンプルを広げた。当時のタイは細くシンプルなものが「常識」だった。彼が作ったのは幅広で色鮮やかな、業界の常識を無視した一品だった。バイヤーの答えは揃っていた——「幅が広すぎる。これは売れない」。どの百貨店も、どの小売店も

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レイ・クロック(マクドナルド)|52歳のミキサーセールスマンが「不動産業だ」と見抜いた日

1954年夏、ミルクシェイクミキサーのセールスマンは、1軒のハンバーガーショップが自分の売る機械を8台も注文したという奇妙な事実に気づいた。52歳。糖尿病と関節炎を抱え、売上が年々落ち込む中年のセールスマン——誰もが「人生の下り坂に入った」と見ていた。しかしその謎を解こうとカリフォルニアへ飛んだ一日

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住野敏郎(オートバックス)|米国視察で確信→社員全員反対を押し切り「カー用品専門店」という業態を日本に創出

1974年11月23日、大阪府大東市に小さな店舗が開業した。カーオーディオ、タイヤ、オイル、バッテリー、カー用品を1か所でまとめて買える——当時の日本に存在しなかった業態「カー用品専門店」の誕生である。開業前、社員は口を揃えて言った。「カー用品だけで店は成り立たない」。それでも住野敏郎(すみの とし

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坪内寿夫(来島どっく)|80社以上を蘇らせた「再建請負人」が昭和に刻んだ経営の修羅場

「少数にしたら精鋭になるんや」——坪内寿夫(つぼうち ひさお)がこの言葉を実行に移すとき、組織は震撼した。佐世保重工業の管理職460人を37人へ、230ある課を8つへ。就任からわずか4年で累積赤字200億円超を消滅させた男は、戦後の日本で倒産寸前の企業を80社以上立て直した「再建請負人」として昭和の

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白元|「ホッカイロ」を生んだ老舗日用品メーカーが押し込み販売と粉飾経理で民事再生に至った理由

1923年(大正12年)の創業から90年余り。「ホッカイロ」「ミセスロイド」「アイスノン」——日本の家庭に欠かせない日用品を生み出し続けた老舗メーカー・白元が、2014年5月29日、東京地裁に民事再生法の適用を申請した。負債総額は255億円。創業家の相次ぐ経営判断の失敗と、内部深くまで蔓延した粉飾経

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日本ビクター(JVC)|VHS発明元がデジタル化に乗り遅れ、ケンウッドと統合するまで

「VHSといえば──」。その文字を聞いて、かつての週末のビデオレンタルを思い出す世代は少なくないだろう。ソニーのベータマックスを退け、全世界で9億台以上を普及させた映像フォーマットの覇者が、日本ビクター株式会社(JVC)だ。1991年3月期には連結売上高9,262億円を達成し、松下電器・ソニーと並ぶ

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パイオニア|時価総額1兆円の音響王者がプラズマの賭けとカーナビ凋落で消えるまで

「パイオニア」という社名は、英語で「開拓者」を意味する。1938年の創業以来、スピーカー、カーオーディオ、レーザーディスク、カーナビゲーションと、常に市場の最前線を切り拓いてきた企業の名にふさわしい歴史だった。1990年には時価総額が1兆円を超え、世界に名を轟かせた日本の音響・映像機器メーカーとして

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三洋電機|売上高2兆4,000億円の総合電機が「デジタル化の分散投資」で自滅した理由

「SANYOといえば──」。そのオレンジ色のロゴを記憶している世代は少なくないだろう。1947年の創業以来、洗濯機・充電池・デジタルカメラで世界市場を席巻し、ピーク時には連結売上高約2兆4,000億円、従業員10万人超を数えた総合電機メーカーが、2011年4月1日、パナソニックの完全子会社として法人

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TSUTAYA|レンタル全盛1,400店から配信時代の崩壊——ビジネスモデルの賞味期限が切れる瞬間

「TSUTAYA」の青いロゴ看板は、かつて日本全国のロードサイドに当たり前のように存在していた。1983年に大阪府枚方市で生まれた小さなビデオレンタル店が、フランチャイズの力でピーク時には全国1,400店超のネットワークを築き上げ、週末の夜を「今夜はTSUTAYAで借りる」という文化にまで昇華させた

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曹操や家康はなぜ「盛って」英雄になれたのか|歴史の「盛り」と現代SNSを分ける4つの条件

曹操は「前漢の功臣・曹参の末裔」を称した。しかし正史『三国志』の著者・陳寿は、曹操の父・曹嵩について「其の出、本末を審らかにする莫し」——その出自は詳しくわからない——と書いている。正史の著者自身が匙を投げたのだ。曹操の祖父は宦官で、後漢末の士大夫社会では最低ランクの出自とみなされた。だから曹参末裔

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「なぜ人はSNSの嘘に騙されるのか」を理解するための読書ガイド

別記事「なぜ人は、SNS上の"成功者"を信じてしまうのか」では、進化心理学の知見をもとに、SNS時代に嘘の費用対効果が人類史上最高に達している構造を解説した。本記事はその姉妹編として、この構造をより深く理解したい方のための読書ガイドだ。理論・実態・進化心理学の基盤という3つの切り口から、経営者が「騙

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なぜ人は、SNS上の“成功者”を信じてしまうのか|社会的証明の罠

SNSで「月商1億」「脱サラして自由な生活」とアピールする人物を見たことがあるだろう。豪華な生活、大量のフォロワー、有名媒体での掲載実績。一見すると成功者に見える。しかしその「成功の証拠」のかなりの部分は、驚くほど低コストで演出・偽装できる。そしてあなたの脳は、それを見抜けないように設計されている—

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AIエージェントとは?メール・Slack監視からタスク振り分けまで自動化して対応漏れゼロを実現

「メールを見落として顧客対応が遅れた」「Slackで依頼されたタスクが誰にも拾われなかった」「社長が全部の連絡を仕分けしている」。中小企業では、メール・チャット・問い合わせフォームから届く連絡の振り分けを、特定の誰か(多くは社長自身)が手作業でこなしています。AIエージェント市場は2026年に109

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AI日報・週報自動生成とは?カレンダー・Slack・Gitから報告書を自動作成して月10時間を取り戻す

「日報を書くだけで毎日30分かかる」「週報の提出率が半分以下」「結局マネージャーが読みきれず、報告がムダになっている」。中小企業では、日報・週報の作成と管理に膨大な時間が費やされています。ある調査では、営業部課長・マネージャーの26.3%が「日報作成が残業の原因になっている」と回答しています(マイナ

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AI議事録とは?会議の文字起こしからネクストアクション抽出まで自動化して週4時間を取り戻す

「会議は1時間で終わったのに、議事録の作成に2時間かかった」「結局、誰が何をやるか曖昧なまま終わった」「先月の会議で決まったことが実行されていなかった」。中小企業では、会議の記録や決定事項の管理を特定の社員が手作業で担っていることがほとんどです。AI議事録ツールの世界市場は2025年に31.6億ドル

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AIチャットボットとは?顧客問い合わせの70%を自動化して24時間対応を実現

「問い合わせの電話が鳴りっぱなしで業務が止まる」「営業時間外の問い合わせを取りこぼしている」。中小企業のカスタマーサポートでは、こうした悩みが日常です。Tayoriの調査(2025年)によれば、問い合わせを検討したものの実際にはしなかった顧客が43.7%に上り、約7割がFAQの不足や分かりにくさを理

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AI与信審査とは?取引先の信用リスクをリアルタイムで可視化する方法

企業間取引では、商品やサービスを先に提供し、後から代金を受け取る「掛取引」が一般的です。しかし、取引先が倒産すれば売掛金は回収不能になり、自社の資金繰りが一気に悪化します。RIETIの研究によれば、販売先の50%が倒産した場合、仕入先企業の倒産確率は約2倍に上昇するとされています。いわゆる「連鎖倒産

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展示会後のフォローをAIで自動化|名刺→お礼メール→商談化を一気通貫に

展示会で大量の名刺を獲得したものの、フォローが追いつかず「名刺の山がデスクに眠ったまま」という経験はないでしょうか。 展示会で獲得したリードの約8割は、直後のフォローがないと熱量が急速に低下すると言われています。 さらに、フォローが1週間遅れると商談化率は約50%低下するというデータもあります。 こ

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AIルート最適化ツール比較|物流コスト20%削減の選び方

つまり、「走れる時間が減る」「走れる人が減る」「走るコストが上がる」という三重苦です。 この状況を打開するには、限られたリソースで最大の効率を出す仕組みが不可欠です。 そこで注目されているのが、AIを使った配車・ルート最適化です。

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AI電話自動応答とは?受電対応を24時間自動化する方法

「電話が鳴るたびに作業が中断される」「営業時間外の電話を取りこぼしている」「電話対応のためだけにパートを雇っている」。中小企業にとって、電話対応は見えないコストの塊です。オペレーター1名の人件費は月額20万〜30万円、外部委託でも1コールあたり300〜1,000円が相場。しかし、最新のAI電話自動応

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中小企業のBCP(事業継続計画)の作り方|災害・サイバー攻撃へのリスク対策と支援制度

2024年1月の能登半島地震では、石川県を中心に多くの中小企業が事業停止に追い込まれました。2025年には線状降水帯による集中豪雨が各地で工場や倉庫を浸水させ、サプライチェーンの断絶も相次いでいます。さらに、帝国データバンクの2025年調査では企業の3社に1社(32.0%)がサイバー攻撃の被害を経験

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中小企業の事業計画の立て方|市場分析・数値計画から成長ロードマップまで

「目の前の仕事をこなすことに精一杯で、3年後の会社の姿が見えない」――そんな経営者は少なくありません。帝国データバンクの調査(令和6年度)によると、経営計画を策定している中小企業は約51%にとどまり、残る半数近くが計画なき経営を続けています。一方で2024年の企業倒産は9,901件と3年連続で増加し

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中小企業の資金繰り改善の方法|キャッシュフロー管理と運転資金の確保策

「売上は伸びているのに、月末の支払いが苦しい」――多くの中小企業経営者が抱えるこの矛盾は、キャッシュフローの管理不足が原因です。帝国データバンクによると、2025年度の企業倒産件数は1万425件に達し、2年連続で1万件を超えました。その中には、帳簿上は黒字でありながら手元資金が尽きて倒産する「黒字倒

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中小企業のコスト削減・最適化の進め方|固定費見直しから投資による構造改革まで

原材料費、エネルギーコスト、人件費――中小企業を取り巻くコストは上がり続けています。東京商工リサーチの調査では、企業の7割超がコスト上昇に直面しており、そのうち人件費増加分を価格転嫁できていない企業は約半数にのぼります。「経費削減」と聞くと、コピー用紙の節約や電気のこまめな消灯を思い浮かべるかもしれ

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中小企業の設備投資の資金調達方法|投資回収の考え方と使える制度

「機械が止まると売上も止まる」――この危機感を持ちながらも、設備更新に踏み切れない経営者は少なくありません。製造業では生産設備の約6割が稼働開始から20年以上経過しており、故障リスクや生産性低下が深刻化しています。一方で、設備投資には数百万〜数千万円の資金が必要であり、「投資したいが、原資がない」と

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新規事業・スタートアップの資金調達方法|融資と出資の選択肢

「いいアイデアはある。でも、資金が足りない」――新規事業やスタートアップを立ち上げようとする方の多くが、最初にぶつかる壁が資金調達です。2025年上半期の国内スタートアップ資金調達額は約3,399億円(INITIAL調べ)と、前年同期比で横ばいの水準が続いています。一方で1社あたりの調達額中央値は約

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中小企業の業務効率化の進め方|生産性向上の実践策と使える支援制度

「忙しいのに利益が出ない」――多くの中小企業経営者が抱えるこの悩みの根本原因は、業務効率の低さにあります。日本の中小企業の労働生産性は大企業の半分以下にとどまり、約30年にわたって改善が進んでいません。しかし、大規模なシステム投資がなくても、業務フローの見直しやムダの排除から始められる改善策は数多く

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中小企業の販路拡大の方法|新規顧客開拓・EC活用・展示会出展と支援制度

「既存の取引先だけでは売上が頭打ちになってきた」「新規顧客を開拓したいが、何から始めればいいかわからない」――そんな悩みを抱える中小企業の経営者は少なくない。2025年版の小規模企業白書によれば、小規模事業者が最も重要と考える経営課題のトップは「販路開拓・マーケティング」であり、人手不足や資金繰りを

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中小企業の人材育成と定着率向上の方法|教育体制・キャリアパス設計と支援制度

「採用してもすぐ辞めてしまう」「教育する余裕がなく、現場任せになっている」――中小企業の経営者であれば、一度はこうした悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。2025年版中小企業白書によれば、中小企業経営者の5割以上が「人手不足・人材の確保・育成」を最重要経営課題に挙げています。しかし、採用市場

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中小企業のWeb集客の始め方|SEO・SNS・EC活用と使える支援制度

「チラシを撒いてもお客さんが来ない」「紹介だけでは新規が増えない」――。オフライン中心の集客に限界を感じている中小企業の経営者は少なくありません。しかし、Web集客に取り組もうにも「何から始めればいいかわからない」「費用がかかりすぎるのでは」という不安が先に立ちます。実際、中小企業のマーケティング専

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青山五郎(青山商事)|客ゼロの開店から「紙爆弾」作戦で業界日本一を手にした創業者の情熱

1974年、広島県東広島市に日本初の郊外型紳士服店が誕生した。しかし開店から1〜2時間が経過しても、店内に客は一人もいなかった。創業者・青山五郎(1930〜2008年)は原因を調べ、衝撃の事実を知る——地元の人々が、店のオープンをまったく知らなかったのだ。翌週末から青山は動いた。店の半径15kmにあ

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小倉昌男(ヤマト運輸)|業界・官庁・社内全員反対の中で宅急便を強行開始。初日わずか11個

1976年1月20日、東京23区と関東6県の営業所84店舗で、ある新サービスがひっそりと産声を上げた。開始後最初に取扱個数を集計した1月23日の荷物は、わずか11個だった。業界は「個人宅配など採算が合わない」と鼻で笑い、旧運輸省は路線免許を渋り、社内の役員はほぼ全員が反対した。それでも小倉昌男(おぐ

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坂本孝(ブックオフ/俺のイタリアン)|50歳で古本業界を革命し、71歳で「立ち食い高級フレンチ」を生んだ2度の情熱

2011年9月、東京・新橋。16坪の小さな飲食店の前に、開店前から行列ができていた。白いテーブルクロスはない。椅子もない。立ったまま食べる店だ。だが厨房に立つのはミシュランの星付き店で腕を磨いたシェフであり、皿に載るのは本物のフォアグラ、ホタテ貝柱、ポルチーニ茸——高級イタリア料理店なら一皿5,00

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鈴木敏文(セブン-イレブン)|「コンビニでおにぎりは売れない」と猛反対を押し通し、今や年間22億個の巨大商品に

1978年、セブン-イレブンの幹部会議で鈴木敏文がおにぎりの販売を提案すると、会議室に沈黙が流れた。「おにぎりは家で作るものです。コンビニで売れるわけがない」——反対意見は全員一致に近かった。それでも鈴木は首を縦に振らなかった。「日本人が一番好きなのはお米だ。品質のいいものをつくれば、必ず手が伸びる

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安田隆夫(ドン・キホーテ)|6年間の賭け麻雀が生んだ800万円、深夜に聞こえた「営業してるの?」が年商2兆円の原点

1978年、東京・杉並区西荻窪。深夜、照明だけが煌々と灯された18坪の雑貨店に、安田隆夫(やすだ・たかお)は一人でいた。商品の仕分け、値札の貼り付け、棚の整理——日中は一人で接客をこなし、夜が更けてから作業に取り掛かる。蛍光灯の光に照らされた商品が通りにも見えていた。ふと、店の外を歩く通行人が足を止

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第四次産業革命の次に来るものは、「人間の仕事」かもしれない

第四次産業革命では、工場、物流、販売、顧客接点までがデータでつながり、AIがそのデータを分析して判断や最適化を行うようになった。ドイツの「インダストリー4.0」や日本の「Society 5.0」は、現実の業務と情報処理が一体化した社会の到来を象徴している。

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タピオカ閉店ラッシュの真実|輸入量70%減と大量閉店の原因分析

2019年の夏、日本中の商業地に「タピオカ専門店」が溢れた。原宿・表参道には行列が連日出現し、インスタグラムには若者がタピオカドリンクを手に持つ写真が氾濫した。タピオカの輸入量は前年の約4倍超へと急膨張し、関連企業数は半年で2倍近くに増えた。しかし翌2020年、輸入量は前年比約70%減。コロナ禍が重

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レナウン|売上2,317億円の名門アパレルが百貨店とともに沈んだ理由

「シンプルがいちばん♪」——そのCMソングを記憶している世代は少なくないだろう。バブル期に世界最大規模のアパレル企業として君臨したレナウンは、ピーク時に年売上高約2,317億円を誇り、「ダーバン」「アーノルド・パーマー」「アクアスキュータム」といったブランドを束ねる名門だった。それが2020年5月、

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江副浩正(リクルート創業者)|東大生で月収400万円、「2位は死だ」で求人情報市場を創った男の情熱

1960年、東京大学の学生が一つの広告営業で月400万円相当のコミッションを手にしていました。江副浩正——のちにリクルートを創業し、「情報の大衆化」という概念で求人情報市場そのものを生み出した男です。社内では「2位は死だ」が合言葉。その異常なまでの競争意識と情報ビジネスへの確信は、やがて売上1兆円企

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星野佳路(星野リゾート代表)|一族から追放→僅差の株主投票で復帰、瀕死の旅館を再生し続ける男の「異常な情熱」

軽井沢の老舗温泉旅館の4代目として生まれた星野佳路は、家業を継ぐことを拒み、アメリカで経営学を学びました。31歳で帰国し社長に就任するも、実父との経営方針の対立で会社を追放されます。2年後、僅差の株主投票でかろうじて復帰。従業員わずか70人、年商5億円の温泉旅館から出発し、倒産寸前の施設を次々と再生

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稲盛和夫のJAL再建|無報酬・3年で再上場した経営哲学

2010年2月、日本航空が経営破綻して1ヶ月も経たない頃、政府は一人の老人に電話をかけた。78歳、臨済宗の僧籍を持ち、経営の第一線から退いて久しかった稲盛和夫——京セラとKDDIを一代で築いた男だ。「無報酬でかまいません。日本航空を救えるなら」。稲盛はそう言って引き受けた。3年足らず後、JALは東証

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川崎千春|ディズニーに25年断られ続けた男が東京ディズニーランドを実現するまで

1983年4月15日、千葉県浦安市に東京ディズニーランドが開園した。初年度の来園者数は約1,036万人。以来40年以上にわたり日本最大のテーマパークとして君臨し、2024年3月期のオリエンタルランドの連結売上高は約6,185億円に達している。この壮大なプロジェクトを構想し、ウォルト・ディズニー社との

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前澤友作|「ファッションはネットで売れない」時代にZOZOTOWNを作った男の異常な確信

2004年、日本のアパレル業界には暗黙の常識があった。「ファッションはネットでは売れない」。試着できない、色味がわからない、ブランドの世界観が伝わらない——理由はいくらでも挙げられた。その常識を、千葉県鳴海の6畳間から輸入CDの通販を始めた元バンドマンが覆すことになる。前澤友作。スタートトゥデイ(現

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松下幸之助(パナソニック)|9歳で丁稚奉公・大量解雇拒否・半日勤務が生んだ「経営の神様」の情熱

1929年の昭和恐慌、松下電器の倉庫は売れない在庫で溢れ返っていた。幹部たちが「従業員を半減するしかない」と訴えると、病床の松下幸之助は言い切った——「松下がきょう終わるんであれば解雇してもええ。けど、わしは将来、松下電器をさらに大きくしようと思うとる。だから、一人といえども解雇したらあかん」。工場

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三木谷浩史と楽天|阪神大震災で「人生は一度きり」と悟った男の異常な情熱

1997年、インターネット通販がまだ「胡散臭いもの」扱いされていた時代。三木谷浩史は、月額5万円の出店料でわずか13店舗を集め、「楽天市場」をオープンした。初月の売上は約32万円。誰もが「うまくいくわけがない」と思った。しかし、この男は3年後にJASDAQ上場を果たし、やがて売上高2兆円超・7万人超

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永守重信(ニデック/日本電産)|プレハブ小屋・4人で創業→70社買収すべて黒字化した「異常な情熱」

1973年7月22日の夜、京都市内の6畳間に4人の男が集まった。ろうそくに火が灯され、28歳の男が宣言した。「会社名は日本電産。永守電産でも京都電産でもない、日本を代表する世界企業になる」——翌朝、彼らが向かったのは桂川沿いのプレハブ小屋。9畳弱の粗末な作業場に、中古のプレス機と旋盤機が置かれている

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澤田秀雄|「航空券だけ売る」で業界の妨害に遭い続けた男がハウステンボスを1年で黒字化した話

1980年、大阪の雑居ビルの一室で、28歳の青年が旅行会社を立ち上げた。資本金500万円、社員2人。売るのは「格安航空券」だけ。当時の旅行業界では、航空券の安売りは「業界秩序を乱す行為」とされ、大手旅行会社や航空会社から激しい妨害を受けた。それでも澤田秀雄は、自分のやり方を一切曲げなかった。HISを

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孫正義(ソフトバンク)|みかん箱演説・16歳の直談判・病床約3,000冊が生んだ「異常な情熱」

1981年9月、24歳の孫正義はみかん箱の上に立ち、アルバイト2人を前に叫んだ。「5年で100億、10年で500億。いずれ売上は豆腐のように1丁(兆)、2丁(兆)と数えるようにする」——あまりの発言に、2人はその場に絶句し、まもなく辞めた。しかしこの男は本気だった。16歳で九州から単身渡米し、高校中

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GREE創業者・田中良和|楽天社員が「しかたなく」起業して時価総額6,000億円を超えた話

2004年2月、楽天株式会社に勤務する一人のエンジニアが、自宅で趣味のプログラミングを始めました。作ったのはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。開発にかかった期間はわずか数日。公開すると1ヶ月でユーザー1万人を突破。本人いわく「しかたなく」会社を作ることにした——。その男の名は田中良和

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角田雄二|スタバ日本1号店を銀座に開いた起業家

1996年8月2日、東京・銀座松屋通りに一軒のコーヒーショップがオープンした。スターバックスコーヒー銀座松屋通り店——北米以外では世界初の出店である。仕掛けたのは、スターバックスコーヒージャパン初代社長・角田雄二。シアトルの小さなコーヒーチェーンに惚れ込み、CEO ハワード・シュルツに直接手紙を書い

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スーパーホテル創業者・上山健二|フロントをなくしたら顧客満足度が日本一になった男の「異常な情熱」

ビジネスホテルに泊まるとき、フロントでの手続き、部屋の鍵の受け渡し、チェックアウト時の精算——これらは「当たり前」のサービスだと思われていました。上山健二はそのすべてを取り払いました。フロントなし、電話なし、鍵は暗証番号。「引き算」しかしていないのに、J.D. パワーの顧客満足度調査で6年連続1位。

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メルカリ山田進太郎|世界一周で「捨てられるモノ」に気づいた男が日本の消費文化を変えた

2013年7月、一つのフリマアプリがApp Storeに登場しました。名前はメルカリ。ラテン語で「商いする」を意味するこのアプリは、リリースからわずか3年で日本のフリマアプリ市場を席巻し、2018年には東証マザーズ(現グロース市場)に上場。時価総額は一時7,000億円を超えました。創業者の山田進太郎

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柳井正(ユニクロ)|商店街の紳士服店から世界3位へ「一勝九敗」23回の失敗が生んだ情熱

山口県宇部市の商店街にある父の紳士服店を継ぎ、「このままでは潰れる」という危機感だけを胸に1984年にユニクロ1号店を開いた男がいる。柳井正、35歳のときだ。その後の軌跡は失敗の連続だった——広島2号店の大赤字、偽造品混入、スポクロ・ファミクロの即撤退、野菜事業の失敗、ロンドン21店舗の6店舗への縮

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大塚家具|父娘の経営権争いが名門ブランドを溶かすまで

「家具と言えば大塚家具」――かつてそう言われた名門企業は、父と娘の経営権争いをきっかけに急速に衰退し、最終的にヤマダ電機(現ヤマダHD)の子会社となった。ピーク時に売上高約730億円を誇った企業が、わずか数年で半減以下にまで落ち込んだ背景には、事業承継の失敗、ブランド戦略の迷走、そして「中途半端なポ

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船場吉兆|名門料亭を潰した「使い回し」と「ささやき女将」の教訓

2008年5月28日、大阪の名門料亭「船場吉兆」が廃業した。日本料理界の頂点に君臨した「吉兆」の暖簾を受け継ぎながら、産地偽装、食品の使い回し、そして記者会見での「ささやき」が重なり、わずか半年で信頼を完全に失った。年商は約12億円から激減し、再建の道は閉ざされた。この事件は、ブランドの脆さ、コンプ

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てるみくらぶはなぜ破綻したのか|格安ツアーの裏で回っていた自転車操業の末路

2017年3月27日、格安海外ツアーを売りにしていた旅行会社「てるみくらぶ」が突然の営業停止を発表した。約3万6,000件の予約が旅行代金支払い済みのまま催行不能となり、海外滞在中の約2,500人が帰国困難に陥った。負債総額は約151億円。記者会見で社長が漏らした「キャッシュがないんです」という言葉

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「情熱」の正体はドーパミンだった|なぜ経営者は止まれないのか

「あの経営者には情熱がある」「創業者のパッションが成功の源泉だ」——ビジネスの世界では、情熱はほとんど美徳として語られます。しかし脳科学の研究が明かしているのは、もっとシンプルで、少し身もふたもない事実です。情熱とは、期待に対して脳が放出するドーパミンのことです。歯を食いしばって頑張っているのではな

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アンドリュー・カーネギー|13歳の移民少年がピッツバーグの地図を丸暗記して鉄鋼王になるまで

1848年、13歳のアンドリュー・カーネギーは、産業革命で職を失った父とともにスコットランドからアメリカに渡りました。最初の仕事は綿工場のボビンボーイ。週給1.20ドル、1日12時間、週6日働く日々。そこから電報配達少年としてピッツバーグの全通りと主要人物の顔を丸暗記し、独学でモールス信号を習得。や

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イーロン・マスク(SpaceX・テスラ)|ロケット3連続爆発、全財産を4回目に賭けた男の「異常な情熱」

2008年8月、南太平洋の孤島クワジャリン環礁。イーロン・マスクが創業したSpaceXの小型ロケット「ファルコン1」が、3回目の打ち上げに失敗しました。2006年からの3連続爆発。同時にTeslaも資金ショート寸前。マスクの手元に残った資金は約3,000万ドル——それを2社に分けて投入し、文字通り「

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ハイム・サバン(パワーレンジャー生みの親)|8年間売り込み続けてスーパー戦隊の版権を手にした男

1984年、東京のホテルの部屋でたまたまテレビをつけたハイム・サバンは、画面に映る色とりどりのスーツを着たヒーローたちに釘付けになりました。スーパー戦隊シリーズ——日本では当たり前の子供番組ですが、サバンはそこに「世界を席巻するコンテンツ」を見出します。しかしアメリカに持ち帰ったこのアイデアに、8年

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ハワード・ヒューズ|炎上する機体から生還し、病院のベッドで設計図を描いた男

1946年7月7日、試作偵察機XF-11のテスト飛行中にオイル漏れでプロペラが暴走し、ビバリーヒルズの住宅街に墜落炎上。鎖骨粉砕、肋骨多数骨折、左肺圧壊、全身に三度の火傷——生存確率50%。海兵隊のウィリアム・ダーキン軍曹が炎の中から引きずり出さなければ、確実に死んでいました。しかしハワード・ヒュー

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ジャック・ドーシー|友人の「カード決済できない」の一言から生まれたSquare革命

2008年のクリスマス、セントルイスの実家。Twitterの共同創業者ジャック・ドーシーは、人生の転機にいました。自ら立ち上げたTwitterのCEOを解任されたばかり。次に何をすべきか模索する中、友人のガラス工芸家ジム・マッケルビーが2,000ドルの取引を逃したと嘆きました。理由は——「クレジット

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ジャック・マー|KFC不採用、30連敗の男が自宅アパートで18人と始めたアリババ

中国・杭州のKFCに24人が面接に来ました。23人が採用され、たった1人だけ不採用になった。その1人がジャック・マーです。大学受験に2度落ち、卒業後は30社に応募して全敗。警察にも、ホテルにも断られた。しかし1999年、自宅アパートに18人の仲間を集めて6万ドル(約900万円)で創業した会社——アリ

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ジャン=ポール・ゴルチエ|17歳・未経験でスケッチ400枚をカルダンに送りつけた「恐るべき子供」

1969年、17歳のジャン=ポール・ゴルチエはパリ郊外のアルクイユの自室で、ファッションの正規教育を一切受けないまま、有名デザイナーたちにスケッチを郵送し始めました。「ピエール・カルダンが次のショーで300ルック用意すると聞いたから、僕は400枚描いた」。翌年、18歳の誕生日にカルダンのアシスタント

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ジェフ・ベゾス|20年利益を出さない宣言、ドアを机にした男の「異常な情熱」

1994年、ウォール街のヘッジファンドで30歳にして副社長を務めていたジェフ・ベゾスは、インターネットの利用率が年間2,300%のペースで伸びていることを知りました。上司に「ネットで本を売りたい」と伝えると、「いい仕事がある人間のやることじゃない」と言われた。しかしベゾスはその高給を捨て、妻と中古の

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ジェンスン・フアン|デニーズのブースで創業、「ゼロ億ドル市場」に賭けた男の情熱

1993年、サンノゼのデニーズのブース席で、3人の男が事業計画を練っていました。その一人、ジェンスン・フアンは30歳。彼が立ち上げようとしていたのは、GPU(画像処理装置)という、当時まだ存在しない市場の会社でした。フアン自身がこれを「ゼロ億ドル市場」と呼んでいます——「市場はまだない。でも、必ずで

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ジェリー・ヤン(Yahoo!共同創業者)|リンク集が100万アクセスを突破した日、博士課程をすっぽかした男

1994年、スタンフォード大学の博士課程に在籍する2人の大学院生が、研究そっちのけでウェブサイトのリンク集を作っていました。ジェリー・ヤンとデヴィッド・ファイロ。指導教官がイタリアに長期休暇に出ている間に、2人は学業を放棄してウェブサーフィンに没頭。作成したリンク集「Jerry and David'

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ラリー・エリソン|IBMが見捨てた論文を読んで「俺がやる」——資本金1,200ドルの反逆

1970年代、IBMの研究者エドガー・F・コッドが「リレーショナルデータベース」という革命的な概念を論文にまとめました。しかしIBM自身はこの技術を商用化しなかった。その論文を読んだ一人の男が言いました——「俺がやる」。ラリー・エリソン、当時32歳。養子として育ち、大学を2度中退し、手持ちの資金はわ

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マイケル・デル|大学1年の寮の部屋からPC帝国を築いた19歳の「異常な情熱」

1984年、テキサス大学オースティン校の学生寮の一室。医学部進学コースに在籍する18歳のマイケル・デルは、部屋でPCの組み立てと販売に没頭していました。月商は5万〜8万ドル(約750万〜1,200万円)。両親の収入をすでに超えていたのです。心配した両親がサプライズ訪問をすると、デルはPCパーツの在庫

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ノーラン・ブッシュネル|コイン受けが溢れて「故障」と言われたゲーム機がAtariを生んだ

1972年9月、カリフォルニア州サニーベールのバー「アンディ・キャップス・タバーン」に、1台の試作ゲーム機が設置されました。コイン受けは、牛乳パックのプラスチック容器を逆さにしただけの簡素なもの。数日後、バーのオーナーから電話がかかってきます。「おたくの機械、故障したよ」。エンジニアのアル・アルコー

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ピエール・オミディア(eBay創業者)|壊れたレーザーポインターが証明した「市場は必ずある」

1995年9月、ピエール・オミディアが自宅で立ち上げたオークションサイト「AuctionWeb」で、最初の商品が落札されました。それは壊れたレーザーポインター。価格は14.83ドル。オミディアは驚いて落札者に連絡しました——「壊れていますが、大丈夫ですか?」。返答は、「壊れたレーザーポインターを集め

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リード・ヘイスティングス|「延滞料40ドル」の怒りは作り話だった——Netflixの本当の創業物語

「ビデオの延滞料40ドルに激怒して、定額制のDVDレンタルを思いついた」——Netflixの創業エピソードとして世界中で語られてきたこの話は、実は共同創業者マーク・ランドルフ自身が認めた「便利なフィクション」でした。本当の創業物語は、サンタクルーズからサニーベールへの通勤中の雑談から始まります。ブロ

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ロックフェラー|10セントの帳簿を80年間つけ続けた男が史上最大の富を築いた

1855年、16歳のジョン・D・ロックフェラーは人生初の給料を手にしました。3ヶ月でわずか50ドル——1日あたり約50セント。彼がまずしたことは、10セントで赤い手帳を買うことでした。「Ledger A」と名付けたその帳簿に、収入と支出を1セント単位で記録し始めます。この習慣を97歳で亡くなるまで8

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ヴァンダービルト|運賃をゼロにして競合を白旗させた「提督」の価格戦争

1834年11月、ニューヨークからアルバニーへ向かうハドソン川の蒸気船に、乗客たちが殺到しました。理由は単純です——運賃がタダだったからです。仕掛けたのはコーネリアス・ヴァンダービルト、40歳。3ドルだった運賃を1ドル、50セント、10セントと下げ続け、ついにゼロにしました。船内の食事と飲み物の売上

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ウォルト・ディズニー|スタジオ倒産、床で寝泊まり——それでもアニメを描き続けた男

1923年、21歳のウォルト・ディズニーが設立したアニメスタジオが倒産しました。従業員は全員去り、電気も止まった暗いスタジオの床で寝泊まりし、缶詰の豆を冷たいまま食べて飢えをしのぐ日々。それでも彼はアニメを描き続けました。所持金40ドルとボロボロのスーツケース1つでハリウッド行きの列車に乗り、やがて

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ウォーレン・バフェット|11歳で株を買い、90代でもマクドナルドの朝食を食べる男

1942年、11歳のウォーレン・バフェットは姉のドリスと一緒に、1株38ドル25セントでシティーズ・サービス優先株を3株購入しました。株価は27ドルまで下落し、彼はパニックに陥りながらも40ドルで売却。わずか5ドルの利益。しかしその株はのちに202ドルまで上昇します。11歳の少年はこの日、生涯忘れな

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なぜ油そば屋が増えているのか?|原価率・光熱費・回転率の数字で見る人気の理由|数字から見るラーメン激戦区攻略と開業の勝ち筋

倒産したラーメン店の87.7%は負債1億円未満、85.9%は従業員5人未満の小規模店です。原材料費が2022年比で1割超上昇するなか、ラーメンの全国平均価格は700円を下回る水準にとどまり、「1,000円の壁」を超えられないことが経営を圧迫しています。

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安藤百福と日清食品|48歳で無一文、96歳まで止まらなかった「異常な情熱」

48歳で全財産を失った男が、自宅の裏庭に建てたたった3坪の小屋にこもり、1年間の試行錯誤の末に世界初のインスタントラーメンを発明した——。日清食品の創業者・安藤百福(あんどう ももふく、1910〜2007)の人生は、挫折と再起の連続です。チキンラーメンを世に出したのが48歳。カップヌードルで世界の食

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江崎グリコ創業者・江崎利一|牡蠣の煮汁に「子どもの未来」を見た男

1882年、佐賀県の貧しい薬種業の家に生まれた江崎利一。19歳で父を亡くし、6人の家族を一身に背負った青年が、有明海の牡蠣の煮汁に「子どもの健康を守る力」を見出し、6年の試行錯誤の末に株式会社江崎グリコを創業。売上高約3,600億円、おもちゃの累計55億個、道頓堀のネオンサインは大阪のランドマーク。

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一瀬邦夫(ペッパーランチ・いきなり!ステーキ創業者)|妻のまかないから「鉄皿ステーキ」を発明した男の情熱

「ステーキは高級レストランで食べるもの」——そんな常識を壊した男がいます。一瀬邦夫、ペッパーランチと「いきなり!ステーキ」の創業者です。高校卒業後にコックの世界に飛び込み、28歳で6坪の店を開業。妻が端肉を鉄皿で焼いて出していたまかない飯をヒントに、「コックがいなくても熱々のステーキを出せる」仕組み

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コメダ珈琲 加藤太郎|「長居するほど歓迎」で全国制覇した創業者の異常な情熱

飲食業界で「回転率」は利益の生命線とされています。客が早く帰るほど儲かる。それが常識でした。ところが、名古屋に生まれた一軒の喫茶店は、その常識を真っ向から否定します。「長居するほど歓迎」——そんな逆張りの哲学で、全国1,000店超のチェーンを築いたのが、コメダ珈琲店の創業者・加藤太郎氏です。米屋の息

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餃子の王将・加藤朝雄|9歳から働いた男が築いた「50円餃子」帝国

全国に700店舗超を展開する「餃子の王将」。その創業者・加藤朝雄(1924〜1993年)は、福岡県飯塚市の貧しい家に生まれ、9歳から家計を助けるために働き始めた人物です。満州で終戦を迎え、帰国後は行商人、進駐軍食堂のコック、薪炭商、小口金融業と職を転々とし、43歳にしてようやく京都・四条大宮に1号店

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CoCo壱番屋 宗次徳二|孤児院育ちの少年が世界最大のカレーチェーンを築くまで

生後まもなく孤児院に預けられ、養父のギャンブル依存で電気も水道もない極貧生活を送った少年がいました。その少年は長じて喫茶店を開き、妻の手作りカレーに惚れ込み、カレーハウスCoCo壱番屋を創業。毎朝4時に出勤し、1日1,000枚以上のお客様アンケートはがきを読み、店の周りを365日掃除し続ける——その

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モスバーガー創業者・櫻田慧|開業資金200万円・2.8坪から始まった「二等地革命」

1972年6月16日、東京都板橋区成増。商店街の外れにある八百屋の倉庫わずか2.8坪を改装した店から、モスバーガーは産声を上げました。開業資金は200万円。その前年、銀座三越の1階に華々しくオープンした日本マクドナルド1号店とは、まさに対照的なスタートです。しかし創業者・櫻田慧(さくらだ さとし)は

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サイゼリヤ正垣泰彦|全焼からの再建と「7割引き」が生んだ異常な情熱

開業からわずか1年9ヶ月で店が全焼。憔悴して帰宅した息子に、母は「よかったね」と言った——。サイゼリヤ創業者・正垣泰彦氏の物語は、そんな常識外れのエピソードから始まります。再建後は自分の給料をゼロにし、毎朝4時に市場へ走って最高の食材を仕入れ、メニューを7割引きにした。すると来客数は1日で40倍に跳

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くら寿司・田中邦彦|「四大添加物不使用」を貫いた創業者の異常な情熱

回転寿司チェーン「くら寿司」を創業した田中邦彦氏。酢メーカーの営業マンから脱サラし、大阪・堺市の小さな寿司店からスタートした男は、ある信念を頑として曲げませんでした。化学調味料・人工甘味料・合成着色料・人工保存料——「四大添加物」の完全不使用です。コストがかかる。仕入れ先が限られる。それでも田中氏は

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ワタミ創業者・渡邉美樹|佐川急便から始まった「異常な情熱」の軌跡

渡邉美樹——佐川急便のセールスドライバーとして1年間で300万円を貯め、24歳で居酒屋のフランチャイズオーナーになった男。そこから居酒屋チェーン「和民」を全国に展開し、さらに介護・教育・農業へと事業を広げた。カンボジアに351校の学校を建て、参議院議員にもなった。一方で「ブラック企業」の代名詞とされ

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ゼンショーとウォルマート|創業者に共通する「異常な情熱」の正体

2026年4月6日、「すき家」を展開するゼンショーホールディングスの創業者・小川賢太郎氏が77歳で亡くなりました。資本金500万円、部下3人で始めた会社を、国内外食企業初の売上高1兆円に育て上げた人物です。大洋の向こうには、アーカンソーの小さな雑貨店から世界最大の小売企業を築いたサム・ウォルトンがい

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Google Gemma入門|無料で使えるローカルAIが中小企業のDXを変える

ChatGPTやClaudeなどのAIサービスは、インターネット経由でクラウド上のサーバーにデータを送信して処理する仕組みです。一方、ローカルLLMとは、AIモデルを自社のパソコンやサーバーにインストールし、インターネットに接続せずに動かす方法を指します。

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駐車場にするかマンションにするか|「儲かるはず」のマンションを選ばない合理的な理由

銀座6丁目のコインパーキングは12分550円。12時間停めると33,000円です。地価日本一のエリアで、なぜマンションではなく「ただの駐車場」なのか。実はこの選択の裏には、不動産のプロが知っている冷徹な計算があります。「マンションの方が儲かりそう」という直感は、多くの場合見えていないリスクを無視した

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ちいかわのかわいくないお金の話|経済効果・市場規模を数字で解説|キャラクター経済圏2.8兆円と中小企業のIP活用戦略

SNSから生まれた漫画「ちいかわ」が、日本経済を動かす存在になっています。くら寿司とのコラボでは既存店売上が前年比23%増を記録し、キャラクター関連の市場規模はグッズ売上累計3,500億円を突破。かわいい見た目の裏側には、中小企業の経営者が学ぶべき「かわいくないお金の話」が詰まっています。本記事では

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飲食店の「見えないコスト」と設備投資の考え方|利益を守る自動化戦略

飲食店の利益を最も蝕むのは、大きな失敗ではありません。日々の「些細な無駄」の積み重ねです。盛り付けがほんの少し多い、スタッフの動線が非効率、手作業に時間がかかる――こうした目に見えにくいコストが、月末の収支を赤字に変えてしまうことがあります。飲食店経営の専門家が語る「見えないコスト」の正体と、設備投

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飲食店の開業|物件より先に決めるべきこと

飲食店を開業しようと決めたとき、最初に物件探しを始める方は少なくありません。しかし、飲食店経営の専門家は口を揃えてこう言います。「物件を先に決めてはいけない」。2025年の飲食店倒産は過去最多の900件超(帝国データバンク調べ)。失敗する店と成功する店の分かれ目は、開業前の「行動の順序」にあります。

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飲食店の創業融資|「借金は最小限に」が失敗を招く理由

「借金は怖いからなるべく少なく」――飲食店の開業を考える多くの方がそう考えます。しかし、飲食店の専門家は口を揃えて言います。「手元資金の不足は、飲食店にとって致命傷になる」と。2025年の飲食店倒産件数は過去最多の900件超(帝国データバンク調べ)。食材費・人件費の高騰が続くなか、創業時の資金調達の

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AI時代に経営者が押さえておくべきキーワード15選|LLM・AIスロップ・バイブコーディングまで

「LLMって何?」「AIスロップ?」――ニュースや取引先との商談でAI関連の用語が飛び交う場面が増えています。野村総合研究所の調査(2025年)では、企業の57.7%が生成AIを導入済みと回答する一方、中小企業のAI導入率は10%未満にとどまっています。導入が進まない理由の第1位は「活用イメージが湧

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宝くじは「300円のメンタルケア」だった|脳科学と行動経済学が証明する期待感の力

資金繰り、人材確保、競合との戦い――中小企業の経営者は常にプレッシャーにさらされている。そんな日々の中で「宝くじを買うのは合理的でない」と言われても、ふと売り場に立ち寄ってしまう人は少なくないだろう。期待値は購入額の半分以下。経済学的には確かに損な話だ。しかし、脳科学と精神医学の観点からは、全く異な

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M&Aの営業電話が急増中|中小企業経営者が知っておくべき5つの注意点

「御社を買いたいという企業があります」「資本提携に興味のある会社をご紹介できます」――最近、こうした電話を受ける中小企業経営者が急増している。背景にはM&A市場の拡大があるが、すべての電話が善意とは限らない。中小企業庁にも苦情が寄せられ、2024年8月には「中小M&Aガイドライン」が改訂された。この